日本文学

セーラー万年筆 「名作ふたたび」 のプレスリリースがひどすぎる件

セーラー万年筆、文学作品を朗読音声で楽しめる読書ペン「名作ふたたび」を発売 - 日経プレスリリース 「文学作品を朗読音声で楽しむことができる読書ペン『名作ふたたび』」 という新商品のプレスリリースがめちゃくちゃな内容になっている。現在、メーカー…

「青の世代」

「青の世代」の復興 - 猫を償うに猫をもってせよ 以下の作家のひとたちを追加お願いします。青の世代 1946 高樹のぶ子 1954 林真理子 1959 辻仁成 遅れてきた青年 1951 水村美苗 1956 荻野アンナ あとで増やすかも。

谷崎潤一郎 『蘆刈』

昭和7年に発表された短編小説 『蘆刈』 は、今の京都府乙訓郡大山崎町あたりが舞台となっている。昔、訪れたことがあるのだが、桂川、宇治川、木津川の三つの川が合流し、後ろは懐深い山がそびえる風光明媚な土地であった。名水の地として知られる土地で、ち…

幸田露伴 『五重塔』

幸田露伴の小説 『五重塔』 は明治24(1891)〜25(1892)年に新聞 「国会」 に連載された。以下は本作の結末部分からの引用である。 暴風雨のために準備(したく)狂ひし落成式もいよいよ済みし日、上人わざわざ源太を召(よ)びたまひて十兵衛と共に塔に上…

堀辰雄 『風立ちぬ』

……そのうち彼女が急に顔を上げて、私をじっと見つめたかと思うと、それを再び伏せながら、いくらか上ずったような中音で言った。「私、なんだか急に生きたくなったのね……」 それから彼女は聞えるか聞えないか位の小声で言い足した。「あなたのお蔭で……」 堀…

堀辰雄 『美しい村』

この村はどこへ行つてもいい匂がする 僕の胸に 新鮮な薔薇が挿してあるやうに そのせゐか この村には どこへ行つても犬が居る 堀辰雄 「詩 軽井沢にて」 軽井沢を舞台にした小説 『美しい村』(昭和8年発表) には犬が出てこない。 別荘、療養所、教会、外国…

森田昭子 『島崎こま子おぼえがき』

島崎こま子おぼえがき作者: 森田昭子出版社/メーカー: 文芸社発売日: 2006/03メディア: 単行本 クリック: 6回この商品を含むブログ (1件) を見る 文豪・島崎藤村との愛憎の果てに―― 妻籠の名家・島崎家の最後のお嬢様であるこま子。叔父藤村との愛憎関係ばか…

谷崎潤一郎 『熱風に吹かれて』

「まあ、緩(ゆっ)くり話しましょう」と云って、巻烟草に火を点けた。三千代の顔は返事を延ばされる度に悪くなった。 雨は依然として、長く、密に、物に音を立てて降った。二人は雨の為に、雨の持ち来す音の為に、世間から切り離された。同じ家に住む門野か…

芥川龍之介 『歯車』

……僕はそこを歩いているうちにふと松林を思い出した。のみならず僕の視野のうちに妙なものを見つけ出した。妙なものを?――と云うのは絶えずまわっている半透明の歯車だった。僕はこう云う経験を前にも何度か持ち合わせていた。歯車は次第に数を殖やし、半ば…

芥川龍之介 『蜃気楼』

《僕》 と妻、K君の三人は、鵠沼海岸へ蜃気楼を見に来ている。途中、近くに住んでいるらしいO君も誘い出す。(K君は途中で帰ってしまう。) 僕等は絶え間ない浪の音を後に広い砂浜を引き返すことにした。僕等の足は砂の外にも時々海艸(うみぐさ)を踏ん…

芥川龍之介 『玄鶴山房』

『玄鶴山房』 は昭和2年に発表された短編小説。 一代にして財を築いた堀越玄鶴老人とその妻、一人娘と婿夫婦、幼い孫の武夫、住み込みの女中と看護婦。肺結核のため玄鶴が離れに一人寝ているその家へ、元女中で玄鶴の妾であるお芳が幼子を連れてやってくる。…

芥川龍之介と隅田川

芥川龍之介の初期の小品に 『大川の水』(大正3年発表)というのがある。*1 自分は、大川端(おおかわばた)に近い町に生まれた。家を出て椎の若葉におおわれた、黒塀の多い横網の小路をぬけると、すぐあの幅の広い川筋の見渡される、百本杭(ひゃっぽんぐい…

『濹東綺譚』 読了

『濹東綺譚』 は昭和11年に脱稿し、翌年に発表された小説。主人公の作家 《わたくし》 こと大江匡が、隅田川の東側、玉ノ井という街の私娼窟へ通うという話である。 麻布から玉ノ井まで 《わたくし》 が住んでいるのは 「麻布御箪笥町」 と書かれている。こ…

大江健三郎 『不意の唖』

外国兵を乗せたジープが、谷間の村へやって来た。外国兵たちが村の子供等と川で水浴びをしている時、一緒について来た通訳の男の靴が、何者かに盗まれる。靴は川に流されたのではないかと言う者もいたが、周囲を探したところ、草むらの中から鋭利な刃物で切…

大江健三郎 『人間の羊』

冬のはじめ、夜ふけのバスの車内で、酔っ払った外国兵たちが日本人乗客に絡み始める。外国兵はナイフをかざし、後部座席の乗客と運転手の下半身を露出させ、彼らの尻を叩き、笑いながら歌う。 羊撃ち、羊撃ち、パン パン と彼らは熱心にくりかえして訛りのあ…

大江健三郎 『戦いの今日』

《かれ》 と弟の二人は、米軍キャンプの近くで兵士にパンフレットを配っている。その作業は、大学の友達の友達から頼まれたもので、彼らはパンフレットを作った責任者のことを知らなかった。 ……パンフレットは朝鮮戦争に出かけて行く若い知識人の兵隊によび…

大江健三郎 『飼育』

戦争末期、山奥の村に 「敵の飛行機」 が墜落する。飛行機は森の中で炎上したが、落下傘で脱出した一人の黒人兵が捕えられ、村人は彼を地下倉で 「飼う」 ことになる。言葉の通じない黒人兵に対し、最初村人たちは怯えていたが、子供たちを中心に少しずつコ…

大江健三郎 『他人の足』

『他人の足』 は昭和32年に発表された短編小説。『死者の奢り』 と同時期の作品である。 舞台は 「脊椎カリエス患者の療養所の、未成年者病棟」の中のみ。そこに、最年長である19歳の 《僕》 のほか一人の少女と五人の少年が入院している。 僕らは殆ど、歩き…

大江健三郎 『死者の奢り』

……僕は昨日の午後、アルコール水槽に保存されている、解剖用死体を処理する仕事のアルバイターを募集している掲示を見るとすぐ、医学部の事務室へ出かけて行った。 大江健三郎 『死者の奢り』 『死者の奢り』 は昭和32年に発表された短編小説であり、大江健…

森見登美彦 『夜は短し歩けよ乙女』

大学生の 《私》 は、クラブの後輩の 《彼女》 に片思いしている。しかし、《私》 には 《彼女》 に直接思いを伝えるような度胸はなく、いつも回りくどいやり方で接近を試みる。 ……私が頷くと、彼はニンマリした。「それで、あの子とは何か進展があったの?…

『草迷宮』 読了

舞台は逗子か葉山のあたり。かつて一家五人が急死したという 《黒門の邸》 に、葉越明という若者が逗留している。そこへ旅の修行僧小次郎が泊っている。夜、明が眠っているとき、小次郎の前に秋谷悪左衛門と名乗る妖怪が現れ、理由あって明を追い出したいの…

谷崎潤一郎 『神と人との間』

医学士穂積は、芸者上がりの朝子に惚れていたが、友人の文学者添田に彼女を譲る。朝子と結婚した添田にはほかに愛人がいて放蕩三昧。そればかりか妻に暴力をふるい、全く家庭を顧みようとしない。穂積は朝子への思いが止まず、添田を憎むが、朝子の態度は煮…

永井荷風 『つゆのあとさき』

銀座のカフェーで女給をしている君江は、男性客と片っ端から関係している。 ……十七の秋家を出て東京に来てから、この四年間に肌をふれた男の数は何人だか知れないほどであるが、君江は今以って小説などで見るような恋愛を要求したことがない。従って嫉妬とい…

村上春樹とワタナベ・ノボル

ワタナベ・ノボル お前はどこにいるのだ? ねじまき鳥はお前のねじを 巻かなかったのか? 村上春樹 『ねじまき鳥と火曜日の女たち』 村上春樹の小説には、渡辺昇=ワタナベ・ノボルという名前がよく出てくる。よく出てくる割に、その実体がよくわからないのが…

『上海』 読了

横光利一 『上海』 - 蟹亭奇譚の続き。 建物と建物との間から、またひと流れの黄包車*1が流れて来た。その流れが辻毎に合すると、更に緊密して行く車に車夫達の姿は見えなくなり、人々は波の上に半身を浮べた無言の群衆となって、同じ速度で辷(すべ)ってい…

人生は限られている

http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20091119 全部読んでから何か言え、というのは正論だが、人生は限られている。私は『夜明け前』を四分の三しか読んでいない。もしそれで誰かが、残り四分の一が面白いのだ、と言ったら続きを読むだろう。時には十ページで…

谷崎潤一郎 『過酸化マンガン水の夢』

『過酸化マンガン水の夢』 は昭和30年に発表された日記形式の短編小説。フィクションなのだろうけど、自著に言及している箇所があるので、主人公は谷崎自身といってよいだろう。 ……田村町の某と云う中華料理店に夕食をたべに行く。高血壓以来中華料理は兎角…

谷崎潤一郎 『青塚氏の話』

映画監督中田は一人の中年男に出会う。男は、中田の妻であり女優の由良子が主演する映画は全て、何度も見ており、彼女の身体の隅々まで覚えているのだと云う。 「君は由良子嬢の体に就いては、此の世の中の誰よりも自分が一番よく知っている積りなのかい?」…

谷崎潤一郎 『人面疽』

アメリカで成功し帰国した女優歌川百合枝は、自分が主演する怪奇映画が東京の場末の映画館で上映されている噂を耳にする。 ……けれどもどうしても、彼女にはそう云う劇を演じた記憶が残って居なかった。尤も、フィルムへ写し取る為めに劇を演ずる場合には、普…

村上春樹 『神の子どもたちはみな踊る』

「三宅さんってさ、ひょっとしてどこかに奥さんがいるんじゃないの?」 (中略) 「子どももいるの?」 「ああ。いる。二人もいる」 「神戸にいるんだね」 「あそこに家があるからな。たぶんまだそこに住んどるやろな」 「神戸のなんていうところ?」 「東灘…