谷崎潤一郎 『人面疽』

 アメリカで成功し帰国した女優歌川百合枝は、自分が主演する怪奇映画が東京の場末の映画館で上映されている噂を耳にする。

……けれどもどうしても、彼女にはそう云う劇を演じた記憶が残って居なかった。尤も、フィルムへ写し取る為めに劇を演ずる場合には、普通の芝居のように、戯曲の発展の順序を追うてやるのではなく、その時の都合に因って、台本の中から手あたり次第に場面を選んで、前後を構わず写して行くのである。どうかすると、或る一つの場所で、全然異った戯曲の中の或る光景を、二つも三つも同時に撮影する事さえあって、活動俳優は自分の演じて居る芝居の筋を、知らないで居る例が多い。……(中略)……こうすると、俳優の間違った解釈を防ぎ、彼等の技藝から芝居じみた不自然さを除いて、演出に活気を生ずると云う考から、アメリカの会社では、一般に此の方法を取って居るのである。……


 谷崎潤一郎 『人面疽』

 『人面疽』 は大正7(1918)年に発表された短編小説。
 無声映画全盛時代の話だが、当時、このような映画製作方法が一般的だったのかどうか知らないけれども、あり得ることではある。実際、日本でも小津安二郎の映画などは、俳優がどういう場面を演じているのか完成するまで知らないままで、笠智衆の台詞が棒読みなのはそのせいだというような話を聞いたことがある。[要出典]
 本作の前半では約10ページにわたって、百合枝が主演した映画のストーリーが描かれる。ヒロインを慕う男が、彼女に騙されたあげく自殺。その後、彼女の膝に人間の顔(死んだ男を演じた俳優が演じている)の形をした腫物(できもの)が出来て、彼女に話しかけ始め……という筋書である。だが、百合枝はその俳優と共演した記憶もなく、顔すら知らないと云う。二人が一緒に映っている場面のほとんどは 「焼き込み」(フィルム合成) によるものだが、どう考えても 「焼き込み」 とは思えないカットが含まれている、と映画を見た者は語る……。
 なぜそのような映画が作られたのか。百合枝と共演している(ように見える)人物は何者なのか。最後まで全く謎のまま、途中でぷっつりと切れたように、この小説は終わっている。
 本作は当時、最新のメディアだった 《映画》 をテーマにした恐怖小説である。呪いのビデオテープを扱った鈴木光司 『リング』、また、携帯電話でダウンロードしたゲームをすると人が死ぬ kagen 『携帯彼氏』 などに共通する怖さがある。


携帯彼氏〈上〉

携帯彼氏〈上〉