『草迷宮』 読了

 舞台は逗子か葉山のあたり。かつて一家五人が急死したという 《黒門の邸》 に、葉越明という若者が逗留している。そこへ旅の修行僧小次郎が泊っている。夜、明が眠っているとき、小次郎の前に秋谷悪左衛門と名乗る妖怪が現れ、理由あって明を追い出したいのだが、なかなか立退かぬと語る。

「……顔容(かおかたち)に似ぬその志の堅固さよ。唯お伽(とぎ)めいた事のみ語って、自からその愚(おろか)さを恥じて、客僧、御身にも話すまいが、や、この方(ほう)実は、もそっと手酷い試(こころみ)をやった。
 あるいは大磐石(だいばんじゃく)を胸に落し、我その上に踏跨って咽喉を緊(し)め、五体に七筋の蛇を絡(まと)わし、牙ある蜥蜴(とかげ)に噛ませてまで呪うたが、頑として退かず、悠々と歌を唄うに、我折れ果てた。
 よって最後の試み、として唯(たつ)た今、少年(これ)に人を殺させた――即ち殺された者は、客僧、御身じゃよ。」


 泉鏡花草迷宮』 四十一

 ゆっくり読もうと思っていたのだが、あまりの面白さに残り大半を一日で読み切ってしまった。なにしろ、次から次へと様々な怪異が起る。筋の運びの面白さに加えて、《語り》 の見事さに圧倒される。
 物語の大半は登場人物によって語られる。そして、語り手は次々に交代していく。また、主な聞き手である小次郎の 《聞き》 も絶妙だ。聞き手の反応によって、語り手の 《語り》 も即妙に変化していくのである。
 泉鏡花草迷宮』 は明治41年に発表された中編小説。何度も読み返したい名作である。


草迷宮 (岩波文庫)

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