2008-01-01から1年間の記事一覧

水村美苗 『本格小説』

もったいぶったタイトルにどん引きしてしまい、長いこと手に取らなかったのだが、『本格小説』 (2002年発表)は非常に面白い小説だった。新潮社インタビュー - 水村美苗 『嵐が丘』の奇跡をもう一度 上記インタビューで作者本人が述べているとおり、本作は…

『江戸川乱歩傑作選』

江戸川乱歩の初期の代表的な作品を集めた短編集。大正12年の処女作、『二銭銅貨』 から昭和4年の傑作、『芋虫』 まで、乱歩の名作はこの時期に集中して書かれている。 大半は過去に読んだことがあるのだけれど、一般的な推理小説と違って、結末を知っていて…

NHKドラマ 「母恋ひの記」

NHKドラマホームページ : NHKドラマニュース2008 谷崎潤一郎の小説 『少将滋幹の母』 をドラマ化した 《NHK ドラマ 時代劇スペシャル「母恋ひの記」》 を見た。 原作は昭和24〜25年に新聞連載された中編小説で、谷崎にとっては戦後の自由奔放な時期の作品に…

『文學界』 インタビュー 水村美苗×鴻巣友季子 「日本語は亡びるのか」

『文學界』 2009年1月号に掲載されたインタビュー 水村美苗×鴻巣友季子 「日本語は亡びるのか」 を読んだ。 インタビューされるのは、エッセイ 『日本語が亡びるとき』 で一躍“時の人”となった作家・水村美苗、聞き手は翻訳家・鴻巣友季子である。(実は鴻巣…

横溝正史 『本陣殺人事件』

重たい小説を続けて読んだ後、横溝正史のミステリーを読むと、ほっとする。自信に満ちたストーリー展開、安定した文体。非常に安心して読み進めることができるのだ。 先輩格の江戸川乱歩の作品は、どこか危険な領域へ連れて行かれて、戻って来れなくなってし…

浅田次郎 『壬生義士伝』

慶応四年一月。鳥羽・伏見の戦いの大勢は決し、幕軍は潰走を始めていた。そんな中、大坂の盛岡藩蔵屋敷に満身創痍の侍が紛れ込む。かつて盛岡藩を脱藩し、新選組の隊士となった吉村貫一郎であった。保護を求める吉村に対し、蔵屋敷差配役であり吉村の旧友で…

重松清 『疾走』

知り合いの牧師が、「人生の幸せと不幸せをトータルすると、プラスマイナスゼロになる」 というようなことを言っていたのだけれど、そんなことはないんじゃないかと思う。 旧約聖書 『ヨブ記』 の主人公ヨブは、神の試練にあい、これでもかというほどの不幸…

太宰治 『晩年』

「晩年」は、私の最初の小説集なのです。もう、これが、私の唯一の遺著になるだろうと思いましたから、題も、「晩年」として置いたのです。 読んで面白い小説も、二、三ありますから、おひまの折に読んでみて下さい。 太宰治 「晩年」に就いて - 青空文庫 昭…

水村美苗 『日本語が亡びるとき』

水村美苗「日本語が亡びるとき」は、すべての日本人がいま読むべき本だと思う。 - My Life Between Silicon Valley and Japan 作家・水村美苗によるエッセイ、『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』 を読んだ。本書を知るきっかけとなったのは、上記、梅…

ワンコインで最もゴージャスに過ごすライフハック

500円で出来る最高の贅沢を考えるスレ:アルファルファモザイク 小さな花束を買ってプロポーズする。 なんて、はてブコメントに書いたんですが、実際500円で買える花束ってどんなもんだろうと思って、花屋で調べてきました。 ちゃんと「ワンコインブーケ」と…

ヘッセ 『車輪の下』

『車輪の下』 はヘルマン・ヘッセが1905年に発表した長編小説。ヘッセ自身が少年時代に経験した出来事が書かれ、彼の自伝的小説とされている。 村一番の秀才少年ハンス・ギーベンラートは神学校へ入学する。神学校というのは大学に進む前の専門学校のような…

田山花袋 『重右衛門の最後』

田山花袋 (1871〜1930) は自然主義文学を代表する作家である。 だが、島崎藤村と同年代であり、ほぼ同時期に活躍していたにもかかわらず、いまどき花袋の小説など、ほとんど読まれていないのではないか。それもそのはず、代表作といわれる 『蒲団』 (1907…

無人島に持っていく3冊

無人島はリゾートではない。我々が無人島にたどり着くのは、船が難破したようなときだけであり、当然そこでは水や食料を探し出し、大自然の猛威と戦うサバイバルな状況を想定することが必要である。なぜかヒモと布きれとナイフは持っているので、釣竿を作っ…

夏目漱石 『明暗』

『明暗』 は大正5(1916)年に朝日新聞に連載され、作者病没のため未完となった漱石最後の長編小説である。 漱石の作品中最も長く、構成上題材と役者がほぼ出揃っており、完結が近かったと思われるため、多くの評者によって 《結末予想》 が行われている。な…

夏目漱石 『夢十夜』

夏目漱石の 『夢十夜』 は、明治41(1908)年7〜8月、朝日新聞に連載された連作短編小説。同年9月からは 『三四郎』 の連載が始まっており、漱石にとって最も脂ののった時期に書かれた作品である。 こんな夢を見た。 この1行で始まる短い文章が10篇並んでい…

新潮文庫の『百鬼園随筆』がひどい

百鬼園随筆 (新潮文庫)作者: 内田百けん出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2002/04/25メディア: 文庫購入: 5人 クリック: 40回この商品を含むブログ (100件) を見る 新潮文庫から出ている内田百輭の 『百鬼園随筆』 を読んだのだが、この本の“編集”のあまりの…

夏目漱石 『坑夫』

坑夫 (新潮文庫)作者: 夏目漱石出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2004/09メディア: 文庫購入: 6人 クリック: 65回この商品を含むブログ (41件) を見る 夏目漱石の 『坑夫』 は明治41(1908)年に朝日新聞に連載された小説で、執筆順序としては 『虞美人草』 …

『たったひとつの冴えたやりかた』

SF

たったひとつの冴えたやりかた 改訳版作者: ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア,浅倉久志出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2008/08/22メディア: 単行本(ソフトカバー)購入: 10人 クリック: 44回この商品を含むブログ (59件) を見る コーティー・キャスは…

島崎藤村 『破戒』

破戒 (新潮文庫)作者: 島崎藤村出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2005/07メディア: 文庫購入: 2人 クリック: 54回この商品を含むブログ (79件) を見る元ネタは聖書 小説を読む楽しみの一つに“元ネタ探し”というのがある。 島崎藤村の 『破戒』 (1906年発表)…

グーグーだって猫である

大島弓子のマンガというのは、ある年代の女性に圧倒的に支持されていたことがあって、ほとんど誰もが読んでいるというか、作品の好き嫌いは人それぞれだけど、とにかく読んでいないとお話にならないみたいな、そういう時期がかつてはあったような気がする。…

三点リーダが多すぎる小説

オフィーリアがハムレットにあてて書いた遺書。かうして字を並べてゐれば、その中に夜が明けます。夜が明けたらと妾は念じてゐるのです。夜が明けさへすればみんなお終ひになる。何故って、さうなつたんだもの、はつきり、さうだと、わかるんだもの、どうぞ…

東野圭吾を軽く10冊

ただし順不同に。『手紙』手紙 (文春文庫)作者: 東野圭吾出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2006/10/06メディア: 文庫購入: 19人 クリック: 174回この商品を含むブログ (528件) を見る 兄の犯した強盗殺人のため、社会から阻害され、ひたすら差別を受け続け…

太宰のはにかみ

『走れメロス』(1940年発表) は、メロスと友人セリヌンティウスの二人による友情と正義の物語だが、結末は以下のとおりである。「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも…

三島由紀夫 『金閣寺』

選ばれし者が持つという第三の眼。詳しくは下記の原文を参照。 転じて、子供の頃に考えたような痛い妄想設定のことを総じて「邪気眼」と呼ぶこともある。 邪気眼とは - はてなダイアリー ああ、これって三島由紀夫の 『金閣寺』 みたいだなあと思って、文庫…

志賀直哉 『剃刀』

志賀直哉 『剃刀(かみそり)』 は、明治43(1910)年に発表された短編小説。 風邪をひいて熱に浮かされた床屋の主人がだんだんと精神的に追い詰められ、最後には剃刀で客の咽を切って殺してしまうというストーリーで、今日的な言葉でカテゴライズすれば心理…

梶井基次郎 『檸檬』

いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好も。 檸檬の果実を表すのに 「レモンエロウの絵具」 という語句で形容するのはいかがなものか。 梶井基次郎 (…

夏目漱石 『道草』

夏目漱石の 『道草』 は、大正4(1915)年に朝日新聞に連載された。小説としては前年の 『こころ』 の次の作品にあたり、新聞連載としては同年に掲載された随筆 『硝子戸の中』 に続くものである。 内容は漱石自身の自伝的小説といわれており、時期としては…

笑わない男 ― 芥川龍之介

完璧な小説を挙げよ。――もしもこんな風に問われたら、僕はためらわずに芥川龍之介の 『藪の中』 と答えるだろう。 『藪の中』 を初めて読んだのは学生の頃だが、そのときの衝撃は今でも記憶に残っている。完璧な構成、魅力的な語り口、不条理な結末。そのど…

ドストエフスキー 『地下室の手記』

ドストエフスキーの 『地下室の手記』 (1864年発表)が面白すぎる。 本書は 「I 地下室」、「II ぼた雪に寄せて」 の2部構成になっており、1部は主人公である40歳の 「俺」 の哲学的考察、2部は物語である。 もっとも、「I 地下室」 は冒頭の自己紹介部分以…

夏目漱石 『硝子戸の中』

『硝子戸の中(うち)』 は、大正4(1915)年1〜2月に朝日新聞に掲載された夏目漱石の随筆集である。新聞には毎日連載され、(1回の分量は文庫本で約2ページ)全39回のまとまった随筆となったものである。 本書を読んで思い起こすのは“晩年”という語である。…