日本文学

『セロニアス・モンクのいた風景』(村上春樹編・訳)で紹介されているレコードについて

「私的レコード案内」に出てくる演奏が収録されている CD をまとめました。セロニアス・モンクのいた風景作者: 村上春樹出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2014/09/26メディア: 単行本この商品を含むブログ (15件) を見る 『セロニアス・モンクのいた風景』(…

藤谷治 『下北沢』

……「カフェ・オーディネール」を出た僕たちは何となく一番街を高校に向かって歩き、「悪童処(わるがきさろん)」の四つ角を左に折れて、滅法美味いと評判のクレープ屋さんを通りすぎ、井の頭線の踏切を渡ってコンビニの手前にある細い道に入った。井の頭線…

「訊く」という表記について

なぜ広まった? 「『訊く』が正しい」という迷信 - アスペ日記 を読んで。 「お前はまた何故結婚なぞしたのだ?」と、スクルージは訊いた。 ディッケンス Dickens 森田草平訳 クリスマス・カロル A CHRISTMAS CAROL(昭和4年) 上に引用した『クリスマス・カ…

石川啄木 『ローマ字日記』

石川啄木(1886〜1912)の1909年4月10日の日記より。 予の心は たまらなくイライラして どうしても眠れない。予は女のまたに手を入れて、手あらく その陰部をかきまわした。 しまいには 5本の指を入れて できるだけ強くおした。女はそれでも 目をさまさぬ:…

村上春樹 『1Q84 BOOK 1』

天吾は両手で、空中にある架空の箱を支えるようなかっこうをした。とくに意味のない動作だったが、何かそういった架空のものが、感情を伝えるための仲立ちとして必要だった。 村上春樹 『1Q84 BOOK 1』 第4章 (天吾) あなたがそれを望むのであれば 『1Q84…

長谷川櫂 『震災句集』

長谷川櫂 - Wikipedia 燎原の野火かとみれば気仙沼 幾万の雛わだつみを漂へる 八つの章から成る本句集のうち、二章の初めが上の二句である。かなりどきっとする句だ。 特に雛の句。家庭に飾られる雛人形は、個人の所有物であり、親の代から受け継がれてきた…

平松洋子 『おとなの味』

「食」をテーマにしたエッセイ集、『おとなの味』(2008年刊)を読んだ。 箸で崩しかけると、もはや梅干しはあられもない風情である。ちょっと待って、そんな一気に脱いでいいの。出し惜しみというものがあるのじゃないの。こちらがおろおろするほど、気前よ…

川上弘美 『センセイの鞄』

「ツキコさん、デートをいたしましょう」 川上弘美 『センセイの鞄』 「公園で」 友人に「川上弘美を読むんだったら、最初の1冊は何がいい?」と尋ねたところ、勧められたのが 『センセイの鞄』 だった。最近、ごつごつ、ごりごりした小説ばかり読んでいたの…

島崎藤村 『藤村詩集』

島崎藤村は明治30〜34年に4冊の詩集を発表した。彼にとって20代後半という時期のことである。 藤村の詩は当時流行していた新体詩と呼ばれる文語定型詩である。新体詩といっても、北村透谷の作品などは字余りが多いのだが、藤村作品は律義に七五調を守り、各…

芥川龍之介 『上海游記・江南游記』

大正7年の谷崎潤一郎に続いて、大正10(1921)年3〜7月、芥川龍之介は大阪毎日新聞の特派員として、中国各地を旅行した。『上海游記・江南游記』 は芥川が帰国後に執筆、新聞に連載した紀行文を中心にまとめた本である。 上海の日本人倶楽部に、招待を受けた…

谷崎潤一郎 『西湖の月』

谷崎潤一郎は、1918(大正7)年と1926(大正15)年に中国を訪れた。特に第1回の中国旅行の後、「支那趣味」 と呼ばれる異国情緒あふれる作品を多数発表している。異国情緒といれば聞こえは良いが、要するに植民地主義的な臭いがぷんぷんする作品群である。 …

坂口安吾 『桜の森の満開の下・白痴 他十二篇』

岩波文庫の短篇集感想。 坂口安吾は 『不連続殺人事件』 と 『風博士』 くらいしか読んだことがなく、まとめて読むのは初めてである。 本書には、坂口安吾の短編小説の中から、自伝的作品を除く純文学および幻想文学の代表作が集められている。 七北数人 『…

坂口安吾 『風博士』

諸氏よ、誰人かよく蛸を懲(こら)す勇士なきや。蛸博士を葬れ! 彼を平なる地上より抹殺せよ! 坂口安吾 『風博士』 世の中に面白い小説は数多いけれど、面白すぎて何度も読み返してしまう作品というのはそんなに多くはないだろう。『風博士』(昭和6年発表…

『邪宗門』と新聞連載小説

『邪宗門』について 「邪宗門」の事実 - 猫を償うに猫をもってせよ 従って、純文学は元から、半年というような長編の予定ではなかったのであり、「邪宗門」も、長編が予定されていたのではなく、30回くらいで頼んだのが、終わらずに中絶した、と考えるべきで…

芥川龍之介 『邪宗門』

『邪宗門』 が収録されている新潮文庫版 『羅生門・鼻』 の巻末注には、『今昔物語』 や 『宇治拾遺物語』 などの元ネタが記されているが、反面、聖書からの引用・転用が全く書かれていないので、少しだけ元ネタ探しをやってみることにしたい。 まずは十文字…

芥川龍之介 『羅生門』

『羅生門』 とはどのような小説か? と聞かれたら、あなたはどう答えるだろうか。 失業した下人が、死人の髪の毛を抜いている老婆に出会い、自らもまた老婆の着物を盗む話。 ――と答える人がほとんどではないだろうか。なるほど、ストーリーはそのとおりだ。…

島崎藤村 『飯倉だより』

『飯倉だより』 は大正10(1921)年に刊行された 《感想集》。 藤村は大正7年から昭和11年まで、麻布飯倉片町の借家に住んでいたため、こういう題名をつけたのだろう。年齢(数え年)でいうと47歳から65歳までの18年間であり、一箇所に住んだ年数としては最…

筒井康隆 『現代語裏辞典』

あいさい【愛妻】 妻のほうは何とも思っていない。その証拠に「愛夫」ということばはない。 エスエフ【SF】 SFマンガ、SFアニメが生れる以前のSF小説のこと。 びよう【美容】 美人には不要。醜女には無用。 筒井康隆の新刊 『現代語裏辞典』 は上の…

島崎藤村 『生い立ちの記』

『生い立ちの記』 は明治45年に発表された短編小説。*1 「或る婦人に與ふる手紙」 と副題がつけられているとおり、一人の女性に宛てた書簡形式になっており、内容は語り手の 《私》 (もちろん作者自身がモデル) の近況と自身の生い立ちが交互に綴られてい…

島崎藤村 『芽生』

『芽生』 は明治42年に発表された短編小説。*1 執筆時期は、明治43〜44年に発表された長編 『家(上・下)』 の直前にあたり、内容も 『家』 と重複する部分の多い作者の自伝的小説である。 島崎藤村 『家 (下巻)』 - 蟹亭奇譚 作中に描かれる年代は明治37…

有島武郎 『カインの末裔』

『カインの末裔』 は大正6年に発表された短編小説。 貧しい小作農の仁衛門(にんえもん)は自分の飼っている馬に乗り、競馬に出場する。ところが、競技中の事故により、馬は前脚を二本とも骨折してしまう。 金を喰う機械――それに違いなかった。仁右衛門は不…

潤一郎ラビリンス (16)

潤一郎ラビリンス〈16〉戯曲傑作集 (中公文庫)作者: 谷崎潤一郎,千葉俊二出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 1999/08/18メディア: 文庫 クリック: 2回この商品を含むブログ (8件) を見る 大正2〜13年発表の戯曲、『恋を知る頃』、『恐怖時代』、『お国と…

森鷗外 『山椒大夫・高瀬舟』

短編集(新潮文庫)の感想まとめ。 『杯』 「わたくしの杯は大きくはございません。それでもわたくしはわたくしの杯で戴きます」 七人の娘が持つ銀の杯には 「自然」 の銘がある。彼女たちはその杯で泉の水を飲もうとするが、八人目の娘が持つ杯を見て嘲る。…

北村透谷を読む

『北村透谷選集』(岩波文庫)を読んだ。 本書には、北村透谷(1868-1894)の遺した作品が、詩、評論・感想、書簡・手記、小説の順に収録されている。 恋愛は人世の秘鑰(ひやく)なり、恋愛ありて後人世あり、恋愛を抽(ぬ)き去りたらむには人生何の色味か…

谷崎潤一郎 『肉塊』

主人公小野田吉之助は、亡父の遺した商売と財産を全て売り払い、活動写真を撮るために自前のスタディオ、現像室、映写室を建てる。撮影技師はアメリカ帰りの柴山。主演は混血の美少女グランドレンである。吉之助はグランドレンのために、人魚姫を題材にした…

幸田露伴 『蘆声』

「金持ちの人間が貧しい者に出会って施しをする」 という文学上のテーマのようなものが昔からある。例えば以下の二つ。 仙吉は其処で三人前の鮨を平げた。餓え切った痩せ犬が不時の食にありついたかのように彼はがつがつと忽(たちま)ちの間に平げて了った…

夏目鏡子述・松岡譲筆録 『漱石の思い出』

大正5年12月9日、漱石最期の日は土曜日だった。いよいよ危ないということで、学校へ行った子供たちは早退して、父親に会いに行く。 ……そこでその子(引用者註:次女恒子)と近所の小学校へ行ってる四番目の娘とがまず会いに行きました。するとあんまり面変わ…

《語り手の視点》の観点から夏目漱石を読む

スランプを脱する薬が欲しい - 備忘録の集積 id:keiseiryoku さんのエントリを読んで、小説に書かれている視点の変化について興味をもったので、一つ記事を書いてみることにしたい。(ただし、創作上の助言などのつもりではないので、あてにしないでいただき…

谷崎潤一郎 『亡友』

『亡友』 は大正5年9月に発表された短編小説。大正元年に亡くなった学友大隅を 《私》 が回想するという筋立てになっている。 大隅のモデルとなったのは大貫晶川(おおぬきしょうせん、1887-1912) という詩人・作家で、その名はほとんど知られていないのだが…

夏目漱石の「月が綺麗ですね」にまつわる考察と中勘助 『銀の匙』

中勘助は明治18年に東京で生まれ、昭和40年に没した作家・詩人である。(谷崎潤一郎より一つ年上であり、谷崎と同年に亡くなった人だ。)彼は東京帝国大学英文学科で夏目漱石の講義を受け、のちに国文学科に転じた。明治44年に執筆した 『銀の匙』(前篇) …