島崎藤村 『藤村詩集』

 島崎藤村は明治30〜34年に4冊の詩集を発表した。彼にとって20代後半という時期のことである。
 藤村の詩は当時流行していた新体詩と呼ばれる文語定型詩である。新体詩といっても、北村透谷の作品などは字余りが多いのだが、藤村作品は律義に七五調を守り、各連の字数もぴたりと揃っている。そのため、藤村の詩には後世の作曲家によって曲がつけられ、「歌」として広まった作品が非常に多いのが特徴となっている。
 http://www.geocities.jp/scaffale00410/toson1.htm というサイトには、「歌」になった藤村作品のリスト(おそらく昭和の終り頃までのもの)が掲載されているが、現在でもアマチュアによる作曲がネットで公開され続けており、藤村の人気の高さ、作品の寿命の長さを感じさせる。
 以下は4冊のオリジナル詩集と、後に藤村が自選した詩集の概要である。個々の作品の感想については別途書くことにしたいと思う。

若菜集』(明治30年8月刊)


 明治29年9月より明治30年7月まで、藤村は東北学院教師として仙台に赴任した。『若菜集』 はその時期に書かれた作品(東京に送って同人雑誌 『文學界』 に掲載していたと思われる)を中心に編纂した藤村の処女詩集である。
 木曾馬籠の島崎藤村記念館に展示されている初版本を見たが、装丁が美しく、挿絵が豊富であった。
 内容は 「初恋」 のように恋愛を歌ったものなど青年期のみずみずしさにあふれた作品が多い。

『一葉舟』(明治31年6月刊)

 いくつかの散文と7編の詩を集めた短い作品集。あまり知られていないかもしれないが、藤村は明治31年4月より東京音楽学校選科ピアノ科に入っていた。音楽の才能のほうはどうだったかわからないけれども、西洋音楽、特に讃美歌の影響を強く受けていると思う。

『夏草』(明治31年12月刊)

 明治31年7月、吉田樹*1という青年を連れて、藤村は木曾福島に嫁いだ姉の元に滞在した。その時に書かれたのが 『夏草』 だ。
 山の中で書かれたにもかかわらず、海をテーマにした詩や木曾とは無関係な地名が出てくる作品のほうが目立つのが特徴である。(木曾福島のことは後書きに書かれているのみ。)目の前の情景をそのまま謳うのではなく、記憶と想像を働かせたフィクションとして詩を作ったのだろう。
 また、『夏草』 にはストーリーを伴う物語詩(叙事詩) 「農夫」 (883行、新潮文庫で34ページという大長編)が含まれている。
 なお、本書執筆当時のエピソードは、小説 『家』 の冒頭に書かれている。

『落梅集』(明治34年8月刊)


 明治32年、藤村は冬子夫人と結婚するとともに、小諸義塾教師として小諸に赴任した。『落梅集』 は彼にとって結婚後最初の作品集となったものである。
 「千曲川旅情の歌」、「椰子の実」 など有名な作品が含まれているが、ここに歌われている 《旅情》 は 『若菜集』 の頃と比べると、苦悩の色が強く表現されており、田舎暮らしのつらさを歌った作品が多い。*2

『藤村詩集』(大正6年刊)

 明治37年(小諸時代)、藤村は前述の4冊を集め、 「合本」 として出版した。「合本」 は版を重ね、大正6年(フランスより帰国後)改刷の際に再編集の上、『藤村詩集』 として刊行されている。
 現在、新潮文庫より出ているのは、この大正6年版を底本とし、新字旧かな表記に改めたものである。

藤村詩集 (新潮文庫)

藤村詩集 (新潮文庫)

『藤村詩抄』(昭和2年刊)

 昭和2年に創刊された岩波文庫のために、藤村が 「合本」 から自選・抜粋した作品集。『若菜集』 出版から30年経っており、作者による前書きにも青年時代へのノスタルジーが書かれている。
 新潮文庫版との違いは、作品数がいくつか削られていること(叙事詩 「農夫」 が入っていない)、題名が変更されたものがあること、現在でも旧字旧かな表記のままであること。あくまでもダイジェスト版だと思ったほうが良いだろう。

藤村詩抄 (岩波文庫)

藤村詩抄 (岩波文庫)

番外編 「明治学院校歌」(明治39年

校歌(学院歌) | 明治学院
 『落梅集』 以後、藤村は詩をやめて散文(小説や随筆)ばかり書くようになったのだが、唯一知られる例外が 「明治学院校歌」 である。
 上のリンク先、明治学院のサイトによると、学院が卒業生である藤村に校歌作詞を依頼したのは明治39年6月3日とのこと。前年5月に三女が死去、39年4月7日に次女が死去、6月には長女が危篤状態(6月12日死去)という時期の作品だということを考えると、実に感慨深いものがある。*3
 歌詞を読んでみると、1番2番3番といった構成ではなく、全体が一つの詩になっていることがわかる。内容的には 「校歌」 なのであまり普遍的な価値を感じないのだが、初期の新体詩とはまったく違った雰囲気の作品だと思う。

*1:のちに書かれた写生文 『千曲川のスケッチ』 は吉田樹に捧げられている。

*2:藤村一家は魚好き - 蟹亭奇譚参照。

*3:島崎藤村 『芽生』 - 蟹亭奇譚参照。