潤一郎ラビリンス (16)
- 作者: 谷崎潤一郎,千葉俊二
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 1999/08/18
- メディア: 文庫
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玄沢 ちえゝ欺されたか、残念だッ。(云うと同時に相手を眼がけて組み附こうと試みたが、四肢が痺れてしまったと見え、ばったりと臀餅を春いて四つ這いに倒れる。やがてひいッと悲鳴をあげたかと思うと、両腕を突張って上半身を棒のように撥ね起す。見ると鼻の孔や口元から血が夥しく吐き出されて、たら/\と頤の辺を流れて居る。更に一層猛烈な痙攣が来てのたうち廻って居るうちに、今度は仰向けにのけ反って、手足を藻掻きながら腰の骨を中心に分廻しの如く畳の上を転り出し、甲走った声で絶叫する)畜生! だ、だ、だれか来てくれ! ひ、人殺しだ!
谷崎潤一郎 『恐怖時代』 第一幕 第一場
やたらと人が殺し合いをする。そこには 『ハムレット』 のような苦悩はなく、殺人の場面の描写のみを楽しみながら書いていることが、上の引用箇所を読めばわかるだろう。筋よりも台詞よりも、ト書きに力が入っているのである。
さて、『潤一郎ラビリンス』 全16冊をようやく読了した。本棚を数えてみたら、40冊目の谷崎である。未読の文庫本は随筆や書簡集などいくつか残っているのだが、もう増やさないつもりだ。それよりも、『細雪』 など少しずつ読みかえすほうがなんぼかよかろうと思っている。