平松洋子 『おとなの味』

 「食」をテーマにしたエッセイ集、『おとなの味』(2008年刊)を読んだ。

 箸で崩しかけると、もはや梅干しはあられもない風情である。ちょっと待って、そんな一気に脱いでいいの。出し惜しみというものがあるのじゃないの。こちらがおろおろするほど、気前よくばっさばっさ厚い衣を脱ぎ捨てていらっしゃる。しかし、さらに容赦なく箸でぐんぐん剥ぐ、崩す。脱ぎ放題、散らかし放題、番茶のなかはたいへんな事態だ。気恥ずかしくなるほど大量の梅干しの衣が舞い乱れて――。


 平松洋子 『おとなの味』 「冬の味」

 番茶に梅干しを入れるだけで、この描写である。大げさだが嫌味がない。艶があるが下品にならない。身近な食材を扱った作品ほど、食欲を刺激する。良い文章だと思う。(逆にイノシシ、合鴨などといった珍しい食材の描写はよくわからないものもある。)
 平松は、食材、食生活、食文化、料理、幼少時の思い出、季節の味など、さまざまな切り口から「食」を料理していくのだが、特に生活感のある作品は共感しやすく、楽しみながら、そして味を想像しながら読むことができた。

おとなの味 (新潮文庫)

おとなの味 (新潮文庫)