日本文学

横光利一 『微笑』

太平洋戦争末期、主人公梶の元に青年天才科学者が現れる。青年は 「凄い光線」 で敵艦や飛行機を一撃で倒す秘密兵器を発明、開発しているのだという。 「じゃ、二十一歳の博士か。そんな若い博士は初めてでしょう」 「そんなことも云ってました。通った論文…

横光利一 『機械』

初めの間は私は私の家の主人が狂人ではないのかとときどき思った。 横光利一 『機械』 冒頭にこんなことが書かれているが、どう考えても狂っているのは語り手の 《私》 のほうである。そう解釈するほうが辻褄があう。《私》 が住み込みで働くネームプレート…

横光利一 『時間』

私達を養っていてくれた座長が外出したまま一週間しても一向に帰って来ないので、或る日高木が座長の残していった行李を開けてみると中には何も這入(はい)っていない。さアそれからがたいへんになった。座長は私達を残して逃げていったということが皆の頭…

横光利一 『蠅』

真夏の宿場は空虚であった。ただ眼の大きな一疋の蠅だけは、薄暗い厩(うまや)の隅の蜘蛛の巣にひっかかると、後肢で網を跳ねつつ暫(しばら)くぶらぶらと揺れていた。と、豆のようにぼたりと落ちた。そうして、馬糞の重みに斜めに突き立っている藁の端か…

志賀直哉 『十一月三日午後の事』

晩秋には珍しく南風が吹いて、妙に頭は重く、肌はじめじめと気持の悪い日だった。 志賀直哉 『十一月三日午後の事』 大正7(1918)年11月3日は蒸し暑い日だったらしい。「七十三度」(華氏) と書かれているから、摂氏に換算すると 22.7度である。 この日、…

横光利一 『御身』

大学生の主人公末雄の姉に、幸子(ゆきこ)という女の子が生まれる。彼は姪のことが可愛くてたまらず、彼女にまつわる全てのことに一喜一憂し、一人で大騒ぎする。 彼は自分の幸子に対する愛情の種類を時々考えて、 「俺は恋をしてるんだ」とまじめに思うこ…

泉鏡花 『海城発電』

『海城発電』は明治29年に発表された短編小説。海城とは日清戦争(明治27〜28年)当時、日本軍が占領した中国遼寧省の地名であり、戦場を舞台にした戦争小説である。 日本人の赤十字看護員が、友軍の軍夫(軍人)に囲まれ、リンチ同様の仕方で尋問されている…

泉鏡花 『売色鴨南蛮』

『売色鴨南蛮』 は大正9年に発表された短編小説。 冒頭の場面は、雨の万世橋駅。「例の銅像」 のこともちゃんと書かれている。 威(おどか)しては不可(いけな)い。何、黒山の中の赤帽で、其処に腕組をしつつ、うしろ向きに凭掛(もたれかか)っていたが、…

泉鏡花 『女客』

『女客』 は明治38年に発表された短編小説。 当家の主人 謹さんは母親と二人暮らしの独身者。そこへ上京した親戚の女 お民が幼子を連れて逗留している。謹さんとお民は同い年。最初は何気ない世間話をしているが、次第に謹さんの愚痴話になる。暮らしが貧し…

馬場孤蝶と樋口一葉

島崎藤村と樋口一葉 - 蟹亭奇譚 平田禿木、酔っ払って樋口一葉を訪ねる - 蟹亭奇譚 樋口一葉と『文學界』の男たち - 蟹亭奇譚 馬場孤蝶、戸川秋骨、平田禿木等、同人雑誌 『文學界』 の面々がしばしば樋口一葉の住居を訪ねたことは、再三述べたとおりである…

泉鏡花 『高野聖』

泉鏡花の怪奇小説の最高峰とされる 『高野聖』(明治33年)を再読。 語り手の 《私》 が旅先で出会った僧侶が語る昔話という体裁の短編小説である。鏡花の小説はとかく観念的とされ、抽象的で曖昧な描写が特徴的なのだけれども、本作の特に前半は、描写が気…

亀井勝一郎 vs 平野謙

京都書房の『新修国語総覧』1978年の版の、亀井勝一郎を紹介するページで、『島崎藤村』について、「私生活まで意味ありげに詮索するのは邪道だろう」とあるのを、平野謙の『島崎藤村』の批判であり、平野が反論し、荒正人が平野を援護した、と書いてある。 …

亀井勝一郎 『島崎藤村論』

本書は昭和28年に書き下ろし出版された文学評論である。 「島崎藤村論」は作品論である。詩、小説、感想、紀行、童話をふくめて、それに卽しながら作家としての獨自性と運命を探らうとしたものである。彼の生涯あるひは私生活には直接ふれなかつた。自傳的作…

安部公房 『密会』

後半、全身の骨が溶けだしてしまう 《溶骨症》 に冒された十三歳の少女が登場する。彼女は病院の警備主任の娘であり、副院長の慰みものにされている。警備主任は副院長の手下らしき男たちに殺され、インポテンツの副院長は死体の下半身を自身の体に接合して…

続・手のひらをながめる

島崎藤村の自伝的小説の主人公が、自分の 《手のひらをながめる》 という行動について、先日、以下のように書いた。 どちらも共通して、亡き父――暗い淫蕩の血が流れ、狂死した父――を思い起こすきっかけとして描かれる行動なのだろうと思う。 手のひらをなが…

志賀直哉 『暗夜行路』 感想まとめ

感想記事を読みなおしてみると、部分ごとに見事に感想がばらばらである。無理やりまとめると、不安定な主人公、不安定な文章、不安定な作者を表した小説ということになるだろうか。 読んでいるときは結構面白いと思ったのだけれど、読み終わって妙なもやもや…

平野謙 『島崎藤村』

島崎藤村 (岩波現代文庫)作者: 平野謙出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2001/11/16メディア: 文庫 クリック: 8回この商品を含むブログ (6件) を見る 平野謙(1907-1978)というと、《新潮文庫の島崎藤村の巻末解説を書いた人》 くらいにしか思っていなかっ…

島崎藤村 『家』 感想まとめ

藤村の長編小説の中では、個人的に 『家』 が一番好きである。感想記事を読みなおしてみると、女性の登場人物に魅力を感じていることがはっきりする。(男はほとんどダメ人間ばかりなのだ。) 島崎藤村 『家 (上巻)』 - 蟹亭奇譚 家族の写真 - 蟹亭奇譚 三…

島崎藤村 『夜明け前』 感想まとめ

最近読んだ小説の中で最大の収穫が 『夜明け前』 であった。 読みながら途中の感想をブログに都度記していくという方法をとってみたのも、この小説が初めてだったのだけれど、小説未読の閲覧者にどれだけ伝えることができたか、心もとない限りではある。(☆…

島崎藤村 『新生』 を巡る批評と個人的な感想

芥川龍之介の遺作、『或る阿呆の一生』(昭和2年)に以下の一節がある。 殊に「新生」に至っては、――彼は「新生」の主人公ほど老獪な偽善者に出会ったことはなかった。 芥川龍之介 『或る阿呆の一生』 四十六 嘘 同年、島崎藤村は芥川の追悼文を著し、上の箇…

泉鏡花 『森の紫陽花』

千駄木の森の夏ぞ晝(ひる)も暗き。此處の森敢(あへ)て深しといふにはあらねど、おしまはし、周圍を樹林にて取卷きたれば、不動坂、團子坂、巣鴨などに縱横に通ずる蜘蛛手の路は、恰(あたか)も黄昏に樹深き山路を辿るが如し。 (中略) 玉簾(たますだ…

酒井順子 『女子と鉄道』

女子と鉄道 (光文社文庫)作者: 酒井順子出版社/メーカー: 光文社発売日: 2009/07/09メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 25回この商品を含むブログ (20件) を見る 私も、全線乗りつぶしを目論むわけでもなければ、時刻表のバックナンバーを揃えるわけでもない…

石原千秋 『名作の書き出し 漱石から春樹まで』

名作の書き出し 漱石から春樹まで (光文社新書)作者: 石原千秋出版社/メーカー: 光文社発売日: 2009/09/17メディア: 新書購入: 1人 クリック: 5回この商品を含むブログ (8件) を見る 「テクスト論」 の入門書 小説を読むとき、僕は基本的に「作者」を無視す…

島崎藤村と馬場孤蝶

芭蕉は五十一歳で死んだ。それに就いて近頃私の心を驚かしたことがある。友人の馬場君はその昔白金の學窓を一緒に卒業した仲間であるが、私よりは三つほど年嵩にあたる同君が、來年はもう五十一歳だ。馬場君のことを孤蝶翁と呼んで見たところで、誰も承知す…

須田町の銅像

戸川秋骨(1870-1939)という英文学者がいる。島崎藤村の同級生であり、『文學界』 同人メンバーだった人物である。その戸川が 「翻訳製造株式会社」 という随筆を書いている。 翻訳国と言へば日本の事物はすべて翻訳である。政治も、教育も、事業も何もかも…

樋口一葉の「断る力」

樋口一葉と『文學界』の男たち - 蟹亭奇譚の続き。 お母様はなぜ阪本を婿にするのを断ったのでしょう? http://b.hatena.ne.jp/matasaburo/20090918#bookmark-16092369 id:matasaburo さんから上のブコメをいただいた。これは断って当然だろう、と僕は思いこ…

平田禿木、酔っ払って樋口一葉を訪ねる

姉君来訪。ついで秀太郎も来る。長くあそびたり。日暮れて、馬場君、平田君袖をつらねて来らる。今日、高等中学同窓会のもよほしありて、平田ぬし其席につらなりしが、少し酒気をおびて、「一人寐ん事のをしく、孤蝶子を誘ひて君のもとをとひし成り」といふ…

樋口一葉と『文學界』の男たち

『にごりえ・たけくらべ』(新潮文庫)の巻末年譜に、次のようなことが書かれている。 明治二十二年(一八八九) 十七歳 三月、事業は失敗し破産状態となり、一家は神田区淡路町二丁目四番地へ移った。七月、健康を害した父は、死期が迫ったことを知り、妻子…

島崎藤村と樋口一葉

島崎藤村 『春』(明治41年発表) に、樋口一葉がちょっとだけ登場する。藤村たちが出していた同人雑誌 『文學界』 に一葉が加わったのだ。 舞台は明治28年。「堤さん」 と書かれている女性のモデルが一葉である。以下、岸本は藤村、菅は戸川秋骨、足立は馬…

島崎藤村とロダンとダンテ

当時の文学者はみな読んでいるものでしょうか? ロダンといい、藤村は彫刻が好きなのでしょうかしら? 『新生』という書物があるので、ダンテが好きなのだとは察しがついたのですが、あたってますか? isozakiaiの呟き置き場(旧:愛のカラクリ、AI日記) …