酒井順子 『女子と鉄道』

女子と鉄道 (光文社文庫)

女子と鉄道 (光文社文庫)

 私も、全線乗りつぶしを目論むわけでもなければ、時刻表のバックナンバーを揃えるわけでもない、ごくごくゆるやかな鉄道好き。男性のように、「制覇」とか「収集」といったことを目的とするのではなく、単に鉄道の揺れに身を任せることの肉体的快感や、「きれいだなぁ」とか「何もするべきことがなくて嬉しい」といった感覚を求めるためだけに、乗っているのでした。


 『女子と鉄道』 「雪見列車と力餅――奥羽本線米坂線

 僕も、どちらかというと 「ゆるやかな鉄道好き」 である。
 列車の旅に出るときは 「ポケット時刻表」 を買うが、路線図やダイヤに関心があるわけではない。ローカル線に乗っても、車両の型式など覚えず、記憶に留めるのは駅弁の味のみ、といった程度のものである。
 それでも、僕は列車の旅が好きだ。子供が生まれてから、旅行はほとんど車で出かけるようになってしまったが、毎回、渋滞に巻き込まれるドライブのことを考えるとうんざりする。その点、列車は単なる移動手段ではなく、心地よい振動に身を任せながら、ゆったりとした時間を楽しむことが出来る。
 列車の旅って、いいよね。

というわけで、自分語りはこのへんにしておこう。

 本書はエッセイスト、酒井順子による雑誌連載コラムをまとめたものだが、著者の 「鉄道好き」 には考えさせられる部分が多い。地方のローカル線はもとより、東京・山手線から沖縄・ゆいレールに至るまで、全国各地の鉄道の旅の話を織り交ぜながら、“なぜ自分は鉄道が好きなのか”、“女子にとって鉄道とは何か”といった内面分析的なことが掘り下げられているからである。女性ならでは、という処なのだけれども、僕のような 「ゆるやかな鉄道好き」 にとって、非常に共感出来るのだ。
 旅の本を読んで旅に出たくなったら、その本は成功なのだと思う。『女子と鉄道』 を読んで、鉄道に乗りたくなった僕は、著者の計略にまんまと引っかかっているのだろう。本書はそんな意味で、鉄道の魅力を十分に伝えている素敵な本なのだ。