泉鏡花 『売色鴨南蛮』

 『売色鴨南蛮』 は大正9年に発表された短編小説。
 冒頭の場面は、雨の万世橋駅。「例の銅像」 のこともちゃんと書かれている。

 威(おどか)しては不可(いけな)い。何、黒山の中の赤帽で、其処に腕組をしつつ、うしろ向きに凭掛(もたれかか)っていたが、宗吉が顔を出したのを、茶色のちょんぼり髯(ひげ)を生(はや)した小白い横顔で、じろりと撓(た)めると、
「上りは停電……下りは故障です」
 と、人の顔さえ見れば、返事はこう言うものと極めたように殆ど機械的に言った。そして頸窪(ぼんのくぼ)をその凭掛った柱で小突いて、超然とした。
「へッ! 上りは停電」
「下りは故障だ」
 響(ひびき)の応ずるがごとく、四五人口々に饒舌(しゃべ)った。
「ああ、ああ」
「堪(たま)らねえなあ」
「よく出来てら」
「困ったわねえ」と、つい釣込まれたかして、連(つれ)もない女学生が猪首(いくび)を縮めて呟いた。
 が、いずれも、今はじめて知ったのでは無さそうで、赤帽が爾(しか)く機械的に言うのでも分る。


 泉鏡花 『売色鴨南蛮』 二

 都会の駅の光景は、今も昔も変わらない。
 主人公秦宗吉はお茶の水の大学病院に勤める 「最近留学して帰朝した」 医師である。彼は駅の待合室で、昔知り合った年上の女と再会する……。

「姉さんが、魂をあげます」――辿(たど)りながら折ったのである。……懐紙の、白い折鶴が掌(て)にあった。
「この飛ぶ処へ、すぐおいで」
 ほっと吹く息、薄紅(うすくれない)に、折鶴は却って蒼白(あおじろ)く、花片(はなびら)にふっと乗って、ひらひらと空を舞って行く。……これが落ちた大(おおき)な門で、はたして宗吉は拾われたのであった。


 泉鏡花 『売色鴨南蛮』 九

 美しい回想と悲しい再会。感想を書きながら言葉を失うというのは、我ながら情けない限りだが、このような小説に対してはいかなる言葉も力を持たないのではないかとさえ思う。
 ところで、この作品の題名、なぜ 「鴨南蛮」 なのだろう?