読書中

節子

総勢9人の高輪の住まいが手狭なため、岸本は近くに部屋を借り、日中はそこで仕事をしている。彼は節子に口述筆記などの手伝いや家事をさせ、わずかながら給金を払うようになった。節子の日常にも張りができ、家にお金を入れるようになったので、肩身の狭かっ…

墓参り

岸本がフランスに行っている間、節子は出産以外に、乳房の手術(乳腺炎?)、手の病気(「両手にひろがった水虫のようなもの」と書かれている)を患い、相当具合が悪くなっていた。 岸本帰国後の8月、彼は亡き妻の墓参りのため、大久保へ赴く。連れは二人の…

島崎藤村 『新生 後編』

新生 (後編) (岩波文庫)作者: 島崎藤村出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1970/07/16メディア: 文庫この商品を含むブログ (1件) を見る 島崎藤村 『家 (下巻)』 - 蟹亭奇譚 に書いた年譜の続き。*1 大正2年(1913) 3月、浅草新片町より芝二本榎へ転居。 4…

女性不信

パリにもどった岸本は、過去に出会った女たちのことを思い起こす。女学校の教え子だった勝子は他人のもとへ嫁ぎ、妊娠中のつわりが原因で1年後に死んだ。妻の園子もまた結婚してから12年後に突然亡くなった。彼が愛した女性は皆突然に彼の前から消えてしまう…

死者の祭り

1914年、世界大戦勃発。岸本は戦火のパリから、フランス中部の田舎町リモージュへ逃れる。そこへ、ビヨンクールの老婦人の亡くなったしらせが届く。彼女は英語を話す親日家で、岸本がフランスへ着いたばかりの頃、最初に彼を迎え入れた人であった。また、彼…

お茶の時間

岸本はフランスに向かう船の中で、顛末を告白する手紙を次兄義雄に書く。義雄からの返信には、すべて任せろただし金は出せと書かれている。岸本がパリに着いて数ヵ月後、節子は母親にも知らせず、郊外の産院で男の子を生む。だが、赤児の顔を一目見ただけで…

手のひらをながめる

岸本捨吉は、二人の子供と節子の世話を次兄義雄に頼んで、ひとりフランスへ旅立つ準備をすすめる。彼は義雄に対して、節子のことを言い出せず、顔向けもできないまま、兄夫婦の上京を待たずにわざわざ神戸発の船を選んで出発しようとしていた。 しかし、突然…

自伝を読む

最近に筆を執り始めた草稿が岸本の机の上に置いてあった。それは自伝の一部とも言うべきものであった。彼の少年時代から青年時代に入ろうとする頃のことが書きかけてあった。恐らく自分に取ってはこれが筆の執り納めであるかも知れない、そんな心持が乱れた…

節子の妊娠

4人の子供を残して、妻が亡くなってから三年。四十二歳の男やもめ岸本捨吉は、上の二人の男の子を育てている。(下の二人は親類に預けている。)彼のところには、姪の節子が家の手伝いに住み込んでいる。 ある夕方、節子は岸本に近く来た。突然彼女は思い屈…

島崎藤村 『新生 前編』

新生 (前編) (岩波文庫)作者: 島崎藤村出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 1970/05/16メディア: 文庫この商品を含むブログ (1件) を見る 長編小説 『新生』 (大正7〜8年発表)にはいくつかのバージョンが存在するようだ。手元の本だけでも、以下の2種類ある…

泉鏡花と馬場孤蝶

鏡花百物語集―文豪怪談傑作選・特別篇 (ちくま文庫)作者: 東雅夫出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2009/07/08メディア: 文庫購入: 2人 クリック: 3回この商品を含むブログ (10件) を見る 『鏡花百物語集』 には座談会が2本掲載されていて、一つは昨日引用し…

『鏡花百物語集』

鏡花百物語集―文豪怪談傑作選・特別篇 (ちくま文庫)作者: 東雅夫出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2009/07/08メディア: 文庫購入: 2人 クリック: 3回この商品を含むブログ (10件) を見る 大正から昭和初期にかけて、泉鏡花を中心に行われた 「怪談会」 とい…

チェスタトン 『木曜日だった男』

木曜日だった男 一つの悪夢 (光文社古典新訳文庫)作者: チェスタトン,南條竹則出版社/メーカー: 光文社発売日: 2008/05/13メディア: 文庫購入: 8人 クリック: 74回この商品を含むブログ (69件) を見る 光文社古典新訳文庫の良いところは、注釈が左側のページ…

横溝正史 『犬神家の一族』

映画は新旧両作とも観たので、犯人はわかっているのだけど、それでも面白い。横溝正史は謎やトリックよりも文章そのものに魅力があるのだと思う。 表紙はやっぱりこれだよね。(昭和51年版カバー。)

谷崎潤一郎 『鮫人』

「妙な処へ引っ越して来たね。僕は浅草と云う所へはほうとうに久し振だ。子供の時分に二三度観音様へ来たことがあったけど、………」 南は肘掛け窓に倚りかゝりながら、そんな風にぽつぽつと語った。もう夏が近づいて来たらしい生暖かい風の吹く晩であった。窓…

潤一郎ラビリンス (9)

潤一郎ラビリンス〈9〉浅草小説集 (中公文庫)作者: 谷崎潤一郎,千葉俊二出版社/メーカー: 中央公論社発売日: 1999/01/18メディア: 文庫 クリック: 1回この商品を含むブログ (4件) を見る 大正中期、震災前の東京・浅草を舞台にした小説2編に随筆1編。文章は…

外科手術失敗

太平洋戦争末期。F市の大学病院では学部長が急死し、教授たちの間では後継の地位を争う政治的な駆け引きが始まっていた。 この病院で肺結核患者の手術が行われる。執刀医は 《おやじ》 こと橋本教授。患者は前学部長の親類の若い夫人である。 いずれは必要…

遠藤周作 『海と毒薬』

《私》 と近所のガソリン・スタンドの主人(マスター)が銭湯で体を洗っている。主人の右腕のつけ根には火傷の痕がある。戦時中に中国人の迫撃砲に撃たれたのだと、彼は言う。 彼は頭にシャボンをつけて、こちらに顔をむけた。はじめて私の白い痩せた胸や細…

大山へ

幸い、直子の怪我はひどくはなかった。しかし、彼女の心の傷は深く、謙作もまた自身を持て余している。 彼は妻に別居を申し出る。鳥取の大山(だいせん)の麓にある禅寺でしばらく修行の心積もりである。 「……なまじ都の風が吹いて来て、里心がついては面白…

大山にて

謙作は大山の麓にある禅寺に滞在している。前篇の頃とは様子が違っているものの、《不愉快》 が時々顔を出すようになり、近所の坊主とつまらない喧嘩をしたり、おかしな夢を見たり、人類滅亡について空想したりしている。一言でいえば狂っているということに…

時任家の事件

結婚後の謙作の家に、立て続けに事件が起こる。妻直子は妊娠し男の子を産むが間もなく病死する。天津に行ったお栄は泥棒に入られて全てを失い帰国して、なぜか謙作たちと同居することになる。謙作がお栄を迎えに行っている間に、直子は彼女の従兄に強姦され…

謙作の結婚

謙作は京都に一人住むが、近所の家の軒先で見かけた女性に一目惚れする。東京でずっと同居していたお栄は、怪しげな親戚の女とともに中国は天津へ働きに行ってしまったところだ。彼はまたしても兄に相談し、あれこれ画策の上、見初めた女性直子に接近する。…

「豊年だ! 豊年だ!」

謙作の参ったり元気になったりは前篇の終わりまで続く。自分が不義の子であったこと、理想の女性であった亡き母が過ちを犯していたこと、厳格な父が母を許していたこと、自分が惚れたお栄が祖父(実は父親である)の妾であること、さらに自身が祖父の淫蕩の…

不義の子

謙作は子供の頃から同居している祖父の妾お栄に惚れてしまい、兄を通じて結婚を申し込む。お栄は謙作よりも二十近く年上の女である。 兄からの手紙には(当然のように)お栄が断ったこと、さらに、謙作は祖父と母との間に生まれた不義の子であったことが書か…

瀬戸内海の大怪獣

「事務長さん、金ン比羅さんのお山はどれですかいな」 「あれで厶(ござ)ります」 先刻蓄音器を持って来た金筋を腕に巻いた男が指さして答えた。 「あれが、その、象の頭(かしら)に似とると云うので、それで象頭山(ぞうずさん)、金ン比羅、大権現、です…

志賀直哉の小説に出てくる 《不愉快》 を集めてみた

……いやな事を凝(じ)っと待つ心持程に不愉快なものはない。 『クローディアスの日記』 ※強調部は引用者による。(以下同様。) ……自分は父に対してずいぶん不愉快を持っていた。 『和解』 二 ……それから主人方の富に対する使い方に僕はかなり神経質になった…

志賀直哉 『暗夜行路』

主人公時任謙作は友人二人と連れだって、初めて吉原へ行く。茶屋で酒を飲み、朝まで過ごしている。 夜が明け始めた。疲れと酔いとで、滝岡も阪口も、もう其処へ寝ころんで、うとうととしていた。豊は縁へ出て、秋らしい静かな雨の中を帰って行く人々をぼんや…

潤一郎ラビリンス (8)

潤一郎ラビリンス〈8〉犯罪小説集 (中公文庫)作者: 谷崎潤一郎,千葉俊二出版社/メーカー: 中央公論社発売日: 1998/12/18メディア: 文庫 クリック: 7回この商品を含むブログ (7件) を見る 以前読んだ短編集 『私』 と3編がダブっている。 FETISH STATION - 谷…

島崎藤村 『千曲川のスケッチ』

島崎藤村は明治32〜38年を信州小諸で過ごした。『千曲川のスケッチ』 は明治33年から書き綴った写生文(スケッチ)を書き直して、明治44年に発表したものである。 本書の冒頭 「序」(「大正元年冬」と書かれている) は以下のように始められている。 敬愛す…

森本貞子 『冬の家――島崎藤村夫人・冬子』

島崎藤村 『家』 を読み終わって数日。なんだかずしんときて、他の本を読んでもぼーっとしてしまう日々が続いている。そんな時、アマゾンでこういう本を見つけた。冬の家―島崎藤村夫人・冬子作者: 森本貞子出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 1987/09メディア…