『鏡花百物語集』

鏡花百物語集―文豪怪談傑作選・特別篇 (ちくま文庫)

鏡花百物語集―文豪怪談傑作選・特別篇 (ちくま文庫)

 大正から昭和初期にかけて、泉鏡花を中心に行われた 「怪談会」 という催しがあった。本書は当時の 「怪談会」(座談会形式)および小説・随筆、新聞コラム等を収録したアンソロジーである。

 泉鏡花氏の怪談好きは今更いうまでもない。五六年前までは、殆ど毎年のように怪談会を自ら催しもし、万障を排して出席もした。そして人一倍の怖がりでありながら相当に仕掛ものをも喜んでいたのである。が、その鏡花氏が近年極端に仕掛ものを嫌うようになった。仕掛ものをすると、きっと不祥事があるという理由である。


 「怪談聞書」 「都新聞」 大正12年8月19日〜9月1日掲載

 本書の三分の一を占める白眉の座談会は、総勢約20名。芥川龍之介菊池寛柳田國男、里見とんといった人気作家も混ざっており、一人ずつ持ちネタを披露する趣向である。主に聞き役に回っている鏡花がビビっているところを想像すると、妙におかしい。

里見 そう言われると、僕にも思い当ることがありますよ。(今まであまり口を利かれなかった里見さんが、一膝乗り出されたので、一同は一層緊張して、固唾を呑んだ。)
柳田 疫病神なのですか。
里見 疫病神というよりも、死神だったでしょうね。もう十二三年も前のことです。その頃、家族のものは大阪に住んでいて、私だけ東京の父の家におりました。或る晩、私が散歩に出て、麹町の家に帰って来る途中、或る寂しい横町の石垣の下に、折釘のように首ばかり前につン出した、白髪の婆さんが立っておりました。
 曲(くせ)ものだね。一件(いっけん)ものです。
里見 夏の宵のことで、まだ散歩の人もちらほら見えているくらいでしたから、私は別にその婆さんを怪しいものとも思いませんでしたが、ほんのちょっと通り過がりに見ただけにも拘らず、今日でも判然とその姿を思い浮かべることができるほど、強く印象されています。家に帰ってみたら、大阪の家内から電報で、長女の死を知らして来ました。
 死神だったんでしょうかしら。
里見 もっともこれは、もっと詳しく『夏絵』という作に書いておきましたが、まさか死神だとは、今が今まで考えてみたこともありません。そうと知っていたら、あのとき、ぎゅッと睨みかえしておいたものを。(里見さんは、如何にも残念そうに笑われました。)


 「幽霊と怪談の座談会」 『主婦之友』 昭和3年8月号掲載

 座談会のメンバー全員ノッている。話がうまい人もいる。(芥川が語る怪談は 《語り》 は上手いのだが、いかにも作り話めいている。)ところが、里見が自身の体験談を語り始めた途端、座が凍りついてしまったかのようである。*1

 大正年代にこのような企画が毎年恒例となって行われていたことは、非常に興味深い。また80年後の現在、こうやって復刻版を読めるようになったのは喜ぶべきことである。この本はゆっくりと味わいながら読んで行きたいと思う。

*1:【9/15追記】 本書には、大正13年昭和3年の二つの座談会の模様が収録されている。芥川が出席したのは前者、里見が出席したのは後者の座談会である。