泉鏡花と馬場孤蝶

鏡花百物語集―文豪怪談傑作選・特別篇 (ちくま文庫)

鏡花百物語集―文豪怪談傑作選・特別篇 (ちくま文庫)

 『鏡花百物語集』 には座談会が2本掲載されていて、一つは昨日引用した 「幽霊と怪談の座談会」(『主婦之友』 昭和3年)、もう一つは前後するが 「怪談会」 (『新小説』 大正13年)である。『主婦之友』 のほうには、「一同は一層緊張して、固唾を呑んだ。」 といったト書きが添えられていて、読み物としてうまく編集されていると思う。ところが、『新小説』 の座談会にはこういうのがなくて、そのぶん語り手の 《語り》 を十分堪能できるようになっている。
 まずは、泉鏡花の 《語り》 を聞いてみることにしよう。

斎藤*1 泉さんには、何かおありのようですね。
 それがあいにくでお恥しいんですがね、ただ俳優の伊井にいつか一寸きいた話があります。以前根岸の方に往った時の事だそうです。夜芝居をはねて、家へ帰って細君とむつまじく一口飲(や)りながら膳に向っていました。寒い時分で、荒寥と月が霜に冴えている。そうすると、根岸の方から高調子の威勢のいい男の声で、やあとか、今晩とか、どうも、いえどう致しまして、御馳走なんてとんでもない、どなたにもお目にかかった事もござんせんのに、などと話して来る声が遠くから霜に響いて、からんからんと下駄の音が段々近づく。……


 「怪談会」 『新小説』 大正13年4・5月号掲載

 冒頭の数行から、いきなり鏡花文学の世界に飛び込んでいくような、不思議な 《語り》 になっている。これはさすがとしかいいようがない。
 一方、座談会の流れをぶった切って、一人怪気炎をあげるのは馬場孤蝶だ。この人は明治2年生まれだから、鏡花より四つ上で最年長。当時は50代である。

斎藤 馬場さん如何ですか。
馬場 幾らでもありますよ。僕が喋り出すと、長くなりますから黙っているのだけれども、そうですね、それじゃ田舎のお話ですが、怪談であるのとないのといろいろとり交ぜてお話をします。……

 孤蝶先生、喋り出すと止まらないのである。一人ずつ持ちネタを披露するはずだったのに、一人で五つも六つも喋っている。やっと終わって他のひとが話したあと、また喋り出す。ト書きがないので、場が盛り上がっているのかどうかわからないけれども、文庫本で約20ページはしゃべっている。2回に分けて掲載された 『新小説』 の1回の半分近い量であり、話の中身にかかわらず、うんざりしてしまう。
 馬場孤蝶島崎藤村の同級生で、学生時代は藤村と取っ組み合いの喧嘩をしたこともある*2という人物だが、なんとなくわかる気がする。

*1:斎藤龍太郎(1896-1970)。編集者であり、この座談会の座長をつとめている。当時は20代であり、メンバー中最年少。

*2:馬場孤蝶明治学院及び『文学界』時代」、島崎藤村 『桜の実の熟する時』 参照。