泉鏡花と馬場孤蝶
- 作者: 東雅夫
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2009/07/08
- メディア: 文庫
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まずは、泉鏡花の 《語り》 を聞いてみることにしよう。
斎藤*1 泉さんには、何かおありのようですね。
泉 それがあいにくでお恥しいんですがね、ただ俳優の伊井にいつか一寸きいた話があります。以前根岸の方に往った時の事だそうです。夜芝居をはねて、家へ帰って細君とむつまじく一口飲(や)りながら膳に向っていました。寒い時分で、荒寥と月が霜に冴えている。そうすると、根岸の方から高調子の威勢のいい男の声で、やあとか、今晩とか、どうも、いえどう致しまして、御馳走なんてとんでもない、どなたにもお目にかかった事もござんせんのに、などと話して来る声が遠くから霜に響いて、からんからんと下駄の音が段々近づく。……
「怪談会」 『新小説』 大正13年4・5月号掲載
冒頭の数行から、いきなり鏡花文学の世界に飛び込んでいくような、不思議な 《語り》 になっている。これはさすがとしかいいようがない。
一方、座談会の流れをぶった切って、一人怪気炎をあげるのは馬場孤蝶だ。この人は明治2年生まれだから、鏡花より四つ上で最年長。当時は50代である。
斎藤 馬場さん如何ですか。
馬場 幾らでもありますよ。僕が喋り出すと、長くなりますから黙っているのだけれども、そうですね、それじゃ田舎のお話ですが、怪談であるのとないのといろいろとり交ぜてお話をします。……
孤蝶先生、喋り出すと止まらないのである。一人ずつ持ちネタを披露するはずだったのに、一人で五つも六つも喋っている。やっと終わって他のひとが話したあと、また喋り出す。ト書きがないので、場が盛り上がっているのかどうかわからないけれども、文庫本で約20ページはしゃべっている。2回に分けて掲載された 『新小説』 の1回の半分近い量であり、話の中身にかかわらず、うんざりしてしまう。
馬場孤蝶は島崎藤村の同級生で、学生時代は藤村と取っ組み合いの喧嘩をしたこともある*2という人物だが、なんとなくわかる気がする。