不義の子

 謙作は子供の頃から同居している祖父の妾お栄に惚れてしまい、兄を通じて結婚を申し込む。お栄は謙作よりも二十近く年上の女である。
 兄からの手紙には(当然のように)お栄が断ったこと、さらに、謙作は祖父と母との間に生まれた不義の子であったことが書かれていた。

 以上で大概書くべきことは書いた。俺は只この手紙がお前に、どれ程大きい打撃を与えるか、それが心配だ。
(中略)
 自暴自棄を起すお前でない事は信じているが、随分参る事と思う。何事も一倍強く感ずる性(たち)には一層の打撃だ。然しどうか勇気を出して打克(うちか)ってくれ。


 志賀直哉 『暗夜行路 (前篇)』 第二 六

 十日程経った。その間彼は幾度(いくたび)か参り、又元気になった。元気になった時はもう参らないぞ、と思った。が、その元気――亢奮が去ると、又ジリジリと参った。


 志賀直哉 『暗夜行路 (前篇)』 第二 八

 兄の手紙はきわめて重大な事実を告げているにもかかわらず、なんともあっさりしたものだ。というか無責任である。一方、ショックを受けた謙作の思いについては延々と描かれているものの、上の引用箇所を読むとなんだかよくわからない。大雑把すぎるとも言えるし、作者が投げやりになっているような感じもする。話がループしているのである。前篇 第二は十四まであるのだが、この 《参ったり元気になったり》 は前篇の終わりまで延々と続く。