島崎藤村 「蟹の歌」

  蟹の歌

浪うち寄する磯際の
一つの穴に蟹二つ
鳥は鳥とし並び飛び
蟹は蟹とし棲めるかな

日毎の宿のいとなみは
乾く間もなき砂の上
潮引く毎に顕(あらは)れて
潮満つ毎に隠れけり

やがて天雲驚きて
落ちて風雨(あらし)となりぬれば
流るる砂と諸共に
二つの蟹の行衛(ゆくえ)知らずも

 「椰子の実」 と同じく明治33年に発表された藤村の詩。
 一つの穴を二匹の蟹が共有するものなのか知らないけれど、ここに歌われる蟹たちは実にかわいらしい。「椰子の実」 とは対照的に、人間の情緒の入り込まない自然の風景を淡々と歌っているところ、たまらなく好きだ。

藤村詩集 (新潮文庫)

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