2009-09-04から1日間の記事一覧

谷崎潤一郎 『襤褸の光』

「今夜は己は金を七銭持って居る。一緒におでんを喰いに行こう。」 こう云って、彼は女を誘って、花屋敷の傍の屋台へ這入った。二人とも一と串か二た串たべて止める積りで居たけれど、鍋の中から旨そうに煙の出て居る様子を見ると、飢えに迫られて居る二人は…

谷崎潤一郎 『鮫人』

「妙な処へ引っ越して来たね。僕は浅草と云う所へはほうとうに久し振だ。子供の時分に二三度観音様へ来たことがあったけど、………」 南は肘掛け窓に倚りかゝりながら、そんな風にぽつぽつと語った。もう夏が近づいて来たらしい生暖かい風の吹く晩であった。窓…

潤一郎ラビリンス (9)

潤一郎ラビリンス〈9〉浅草小説集 (中公文庫)作者: 谷崎潤一郎,千葉俊二出版社/メーカー: 中央公論社発売日: 1999/01/18メディア: 文庫 クリック: 1回この商品を含むブログ (4件) を見る 大正中期、震災前の東京・浅草を舞台にした小説2編に随筆1編。文章は…

唐天竺の果てまでも

お力は一散に家を出て、行かれる物なら此まゝに唐天竺の果までも行つて仕舞たい、あゝ嫌だ嫌だ嫌だ、何うしたなら人の聲も聞えない物の音もしない、靜かな、靜かな、自分の心も何もぼうつとして物思ひのない處へ行かれるであらう、つまらぬ、くだらぬ、面白…