谷崎潤一郎 『襤褸の光』
「今夜は己は金を七銭持って居る。一緒におでんを喰いに行こう。」
こう云って、彼は女を誘って、花屋敷の傍の屋台へ這入った。二人とも一と串か二た串たべて止める積りで居たけれど、鍋の中から旨そうに煙の出て居る様子を見ると、飢えに迫られて居る二人は、とても我慢する事が出来なかった。がんもどきだの、こんにゃくだの、焼き豆腐だの竹の串から落ちそうにしてとろとろと茹だって居るものを、彼等は夢中で五つ六つずつ頬張った。勘定を尋ねると、十五銭になって居た。
『襤褸(らんる)の光』 は大正7年に発表された短編小説。
親に勘当され放浪生活を続ける青年画家と、浅草の公園で物乞いをする十六歳の女の話である。青年の主張する芸術論義はわけがわからないのだが、彼女は彼を全面的に肯定し、受け入れる。彼らは観音堂の床下で同棲し、やがて女は妊娠するのだが、青年はどこかへ去っていく。ひどい話である。
なお、浅草花やしきは1853年(嘉永6年)開園、日本最古の遊園地である。(浅草花やしき - Wikipedia参照。)