2009-04-30から1日間の記事一覧

樋口一葉 『ゆく雲』

……手跡によりて人の顏つきを思ひやるは、名を聞いて人の善惡を判斷するやうなもの、當代の能書に業平さまならぬもおはしますぞかし、されども心用ひ一つにて惡筆なりとも見よげのしたゝめ方はあるべきと、達者めかして筋もなき走り書きに人よみがたき文字な…

樋口一葉 『われから』

親子二代にわたる夫婦の愛憎劇という設定は、『嵐が丘』 を思わせる。本作の執筆当時(明治29年)、『嵐が丘』 の翻訳が出版されていたかどうか定かではないが、おそらく作者はかの英国文学の粗筋くらいは聞き及んでいたのではないだろうか。 それにしても、…

『谷崎潤一郎随筆集』

以前、古書店で太宰治 『晩年』(終戦後の復刻本)を購入したときに、同時に買った本。そのとき、店の親爺が2冊を1冊分の値段で売ってくれたので、この本は実質タダである。 内容は、最初期のものから最晩年のものまで寄せ集めた随筆のアンソロジーで、『陰…

谷崎潤一郎 『猫と庄造と二人のおんな』

ダメ人間を書かせたら天下一品の谷崎作品。(昭和11年発表。) 三角関係の話なのに、主要な登場人物全員がダメで、ひたすら猫に翻弄されていく様は、滑稽そのものである。 猫好きにはたまらない小説。読み終わるのがもったいないので、ゆっくり読んだほうが…

谷崎潤一郎 『人魚の嘆き・魔術師』

大正6年に発表された谷崎の作品集は“大人の絵本”だった。「人魚の嘆き」 退屈な毎日を送る南京の貴公子が、地中海からやって来た(白人の)人魚に恋をする話。 難解な漢語が多いのに、すらすら読める不思議な文体が魅力である。「魔術師」 浅草六区を思わせ…

谷崎潤一郎 『小僧の夢』

大正6年に発表された短編小説。60ページちょっとの長さだが、24回にわたって新聞に連載された作品とのこと。『全集』 未収録であり、1990年に 『季刊文学』(岩波書店)誌上で紹介されたレアな小説である。 「今年十六歳になる商店の小僧」 庄太郎が主人公(…

谷崎潤一郎 『母を恋ふる記』

大正8年発表の短編小説。『小僧の夢』とは打って変わって、儚くも美しい夢物語である。 夢の中では自分が子供に戻っている、ということを我々はしばしば経験するが、そういうとき、幼い頃の記憶はすべて美化され、理想化されている。夢に出てくる母親は、若…

樋口一葉 『にごりえ』

……行かれる物なら此まゝに唐天竺の果までも行つて仕舞たい、あゝ嫌だ嫌だ嫌だ、何うしたなら人の聲も聞えない物の音もしない、靜かな、靜かな、自分の心も何もぼうつとして物思ひのない處へ行かれるであらう、つまらぬ、くだらぬ、面白くない、情ない悲しい…

樋口一葉 『十三夜』

外なるはおほゝと笑ふて、お父樣(とつさん)私で御座んすといかにも可愛き聲、や、誰れだ、誰れであつたと障子を引明けて、ほうお關か、何だな其樣な處に立つて居て、何うして又此おそくに出かけて來た、車もなし、女中も連れずか、やれ/\ま早く中へ這入…

樋口一葉 『大つごもり』

主人公・お峯は貧乏な叔父一家を救うために、主家の金を盗む。彼女の運命は? 身分制度や貧困といった深刻な問題を背景に、次第にある状況へ追い詰められていくお峯の心理と葛藤の描写が素晴らしい。しかし、最後はちょっと意外な方向へ展開し、粋な結末を迎…