樋口一葉 『にごりえ』

……行かれる物なら此まゝに唐天竺の果までも行つて仕舞たい、あゝ嫌だ嫌だ嫌だ、何うしたなら人の聲も聞えない物の音もしない、靜かな、靜かな、自分の心も何もぼうつとして物思ひのない處へ行かれるであらう、つまらぬ、くだらぬ、面白くない、情ない悲しい心細い中に、何時まで私は止められて居るのかしら、これが一生か、一生がこれか、あゝ嫌だ嫌だ……

 銘酒屋の看板娘(要するに遊女)お力の恨み言は延々と続く。彼女の思考はひたすらネガティブである。やがて一人の男の身を滅ぼし、彼の女房子供からは「鬼」と呼ばれるのだけれど、この小説を読んでいると不思議にお力のことを憎めない。


にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)

にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)