谷崎潤一郎 『母を恋ふる記』

 大正8年発表の短編小説。『小僧の夢』とは打って変わって、儚くも美しい夢物語である。
 夢の中では自分が子供に戻っている、ということを我々はしばしば経験するが、そういうとき、幼い頃の記憶はすべて美化され、理想化されている。夢に出てくる母親は、若いころの美しい姿のままである。

 子供の頃聴いた三味線の音は「天ぷら喰いたい、天ぷら喰いたい。」と聞こえたのだという。何度も繰り返される「天ぷら喰いたい」というフレーズが遠い日の母親の記憶につながっているのである。


刺青・秘密

刺青・秘密