谷崎潤一郎 『小僧の夢』

 大正6年に発表された短編小説。60ページちょっとの長さだが、24回にわたって新聞に連載された作品とのこと。『全集』 未収録であり、1990年に 『季刊文学』(岩波書店)誌上で紹介されたレアな小説である。
 「今年十六歳になる商店の小僧」 庄太郎が主人公(=語り手)で、前半は彼の人生観、芸術観が延々と綴られている。(特に、自然主義文学に対する批判は強烈。)しかし、後半は一変し、浅草の見世物小屋に登場する外国人の女催眠術師メリーに魅せられていく不思議な物語となる。

己は始めて自分が今迄夢みて居た甘い美しい想像の国へ、つれて来られたような気がした。そこには浮世の時間もなく空間もなく、たゞたゞ永劫無窮の愉悦と光明とが溢れている許(ばか)りであった。なろう事なら、己はいつ迄もいつ迄も、メリー嬢の魔術に縛られたまゝ、明煌々たる舞台のまん中に、口をあんぐり開いて、観客の嘲笑を浴びて、昏々と眠って居たかった。………

 断っておくと、メリーの催眠術はすべてインチキであり、舞台の上で催眠術をかけられる人々は、主人公を含めて全員サクラなのだ。それでも、この状況でこんな風に気持ちよくなってしまうあたりが、谷崎らしいところである。


潤一郎ラビリンス〈5〉少年の王国 (中公文庫)

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