樋口一葉 『十三夜』

 外なるはおほゝと笑ふて、お父樣(とつさん)私で御座んすといかにも可愛き聲、や、誰れだ、誰れであつたと障子を引明けて、ほうお關か、何だな其樣な處に立つて居て、何うして又此おそくに出かけて來た、車もなし、女中も連れずか、やれ/\ま早く中へ這入れ、さあ這入れ、何うも不意に驚かされたやうでまご/\するわな、格子は閉めずとも宜い、私(わ)しが閉める、兎も角も奧が好い、ずつとお月樣のさす方へ……

 旧暦九月十三日の月夜を十三夜という。
 主人公・お関は金持ちの男に見初められ嫁に行ってから七年、十三夜の夜に一人実家へ帰ってくる。彼女は息子が生れて後、夫からひどい扱いを受け続けていると打ち明け、離縁状を書いてくれと云う。お関の肩をもつ母。いや我慢しろと説得に出る父。結局、父のいうとおり、「鬼のやうな良人」の元へと戻る決心をするお関。
 と、ここまでが本作の前半である。後半は一転、事態は別の次元へ展開していく。
 悲劇的な物語だが、最初から最後まで明るい月がすべての人々を照らしている。 冷徹さえ感じさせる月明かりだが、そこに苦悩する人間を見つめる作者の優しい眼差しを感じた。