新潮文庫の『百鬼園随筆』がひどい

百鬼園随筆 (新潮文庫)

百鬼園随筆 (新潮文庫)

 新潮文庫から出ている内田百輭の 『百鬼園随筆』 を読んだのだが、この本の“編集”のあまりのひどさに驚いた。
 『百鬼園随筆』 は随筆の古典的名作であり、著作の内容は素晴らしいと思うのだが、この本は一体どうなっているのだ!? と思ったので、下に問題点を列挙する。

  • 初出誌が書かれていない
  • 注釈がない
  • 巻末の 「解説」 がお粗末

初出誌が書かれていない

 文庫本の巻末に、「この作品は昭和八年十月三笠書房より刊行された。」 と一行記されているだけで、元の文章がいつ、どんな雑誌・新聞に掲載された作品なのかがまったくわからない。内容的には明治・大正期の出来事や思い出話が多いのだが、執筆当時の時代背景や、著者をとりまく状況といった事柄が不明なため、読んでいてもやもやすることが多い。まったく不親切である。

注釈がない

 上にも関連するが、戦前の文学作品であるにもかかわらず、注釈がないため、わかりにくい。たとえば、日本橋や水道橋で電車に乗ったときの話が出てくるが、これは市電なのか省線なのか判然としない。(たぶん市電だと思うのだけど。) こういうのは執筆年代がわかれば簡単に調べることが出来るだろうと思うのだが。

巻末の 「解説」 がお粗末

 巻末の 「解説」 を芥川賞作家の川上弘美が書いているのだが、本書の内容に触れているのは最後のほうの以下の一節のみである。

 本書は、百輭の随筆集としては、最初のものである。「創作集『冥途』以後に書かれた小品・随筆的文章・小説を、なにもかもこの文集に入れてしまったらしい」と平山三郎氏の旺文社文庫版の解説にはある。

 それだけかい! みたいな。
 文庫本の解説だからといって、本の内容を詳しく解説する必要はかならずしもないと思うが、これはむちゃくちゃだ。ちなみに、上に引用した以外の部分のほとんどは、昭和42年に百輭が芸術院会員を辞退した一件について触れているだけで、本書とは無関係である。こういう文章だったら、本書を読まなくても書けるのではないか。
 こういうのは 「解説」 を書いた川上が悪いというよりも、新潮社編集部の責任ではないだろうか。

 芥川龍之介が書いたクレイジーなイラストを用いたカバーがすぐれているだけに、非常に残念なことだと思う。