夏目漱石 『夢十夜』

 夏目漱石の 『夢十夜』 は、明治41(1908)年7〜8月、朝日新聞に連載された連作短編小説。同年9月からは 『三四郎』 の連載が始まっており、漱石にとって最も脂ののった時期に書かれた作品である。

 こんな夢を見た。

 この1行で始まる短い文章が10篇並んでいる。作者が見た夢をそのまま文章化したのかどうか、よくわからない。だが、そんなことはどうでもいい。精神分析的な解釈を試みても、元の作品はこれ以上面白くはならないのだ。
 『夢十夜』 の面白さは、文章そのものにある。用いられる言葉、情景の描写、文体といった(どちらかといえば断片的な)ものが、そのまま読者の前に投げ出されている。逆に、明快なストーリーや思想といったものはほとんどうかがうことが出来ない。よく国語の試験に、「作者の言いたかったことは何ですか?」 といった愚かな質問が出るが、本作はそのような問いを完全に拒んでいる。


 声に出して読みたい文章である。
 実は以前、就寝前に家人に聞かせようと、一晩一話ずつ朗読を試みたことがある。決して簡単に朗読できるような代物ではないのだが、読みながらわくわくしてくるので、非常に楽しく得難い体験だった。
 ところが、家人が言うには、夜中に悪夢を見るのだという。(読み終わらないうちに眠ってしまうくせに。) 聞いてみると確かにいやな夢のようだ。残念なことだが、僕は夜毎の朗読会を中止せざるを得なかったのである。
 怖い夢を見たい、という方がおられたら、ぜひ僕が 『夢十夜』 を朗読して差し上げたいと思っている。

文鳥・夢十夜 (新潮文庫)

文鳥・夢十夜 (新潮文庫)