『日々の泡』とビリー・ストレイホーン

「忙しいかね」コランは訊いた。
「いいえ。お料理はもう出来上がるところで」
「それなら、リヴィング・ルームに来てビグルモワの基本を教えてくださらないかな。ぼくがレコードをかけるから」
デューク・エリントン編曲の『クロエ』とか『ジョニー・ホッジのためのコンセルト』という式の、雰囲気を出すテンポのものを、おすすめいたします」とニコラが言った。「大西洋の向う岸ではムードとかサルトリー・チューンとか言われるものです」


 ボリス・ヴィアン 『日々の泡』 6 (曾根元吉訳)

 ボリス・ヴィアンが1946年に執筆した長編小説 『日々の泡』 には、デューク・エリントン(1899-1974)にまつわる話が何度も描かれている。本作のヒロインの名前にもなっている 『クロエ』 はフランスの古い流行歌(シャンソン)をジャズ風にアレンジしたものだ。以下の映像は1940年録音の 『クロエ』。

 この曲は、ヴィアンの小説中で何度も 「デューク・エリントン編曲」 と書かれているのだが、本当の編曲者はビリー・ストレイホーン(1915-1967)である。*1
 ビリー・ストレイホーンは1938年、エリントン楽団に参加。同楽団の作曲、編曲を多く手がけた裏方のひとで、有名な 『"A"列車で行こう』 の作曲者として知られている人物だ。もっとも、1940年代前半頃までは、ストレイホーンの名が表に出ることは少なかったという説もあり、ヴィアンの記述は必ずしも彼の勘違いによるものとはいえないかもしれない。
 さて、ストレイホーンがステージでピアノを演奏する珍しい映像を見つけたので、ご紹介したい。

 1965年のデューク・エリントン楽団による演奏で、曲は 『"A"列車で行こう』。リーダー、エリントンの紹介でステージに登場する小柄なメガネの男、ストレイホーンがものすごくかっこいいピアノを聴かせる。一方、バンドマンは最低だ。ピアノ・ソロの間に最前列で居眠りしているヤツはいるし、前列中央のサックス(ジョニー・ホッジス)は最後まで演奏せず、サボっている。よく見ると、後列のトランペットも座り方が変だし、バンド演奏もなんとなくダレている。過労のためなのかドラッグのせいなのかわからないが、後半の演奏はこの楽団にしては最低レベルとしか思えない。


 ところで、『日々の泡』 はとてつもなくシュールな小説で、結構好きなのだけど、その中の結婚式の場面をシュールな雰囲気のままアニメ化した映像作品があった。

 相当にシッチャカメッチャカだけど、原作だって最初から最後までこんな感じなのである。


日々の泡 (新潮文庫)

日々の泡 (新潮文庫)

うたかたの日々 (ハヤカワepi文庫)

うたかたの日々 (ハヤカワepi文庫)

 新潮とハヤカワ、2種類の翻訳が出ていて、書名も違う。両方読んでみたのだが、訳は一長一短。読みやすいのは新潮かもしれない。


 あと、ビリー・ストレイホーンといえば、"Lush Life" の作曲者としても有名である。以下の映像はジョニー・ハートマン(vo)とジョン・コルトレーン(ts)による「ラッシュ・ライフ」。

JOHN COLTRANE & JOHNNY HA

JOHN COLTRANE & JOHNNY HA

 低音の魅力、ジョニー・ハートマンとテナーの巨人ジョン・コルトレーンが共演したバラード集(1963年録音)。マッコイ・タイナーのピアノが素敵な名盤。
ラッシュライフ (新潮文庫)

ラッシュライフ (新潮文庫)

 「ラッシュライフという曲を知っているか」 というセリフがあったはずだけど、これはあまり関係ないかも。