カール・ライスター/ブラームス 『クラリネット五重奏曲』
ブラームス クラリネット五重奏曲op.115 ディスコグラフィ - クラシック音源の探求
世界的なクラリネット奏者、カール・ライスター(1937-) はブラームスのクラリネット室内楽作品(全4曲)を何度も録音しているが、中でも 『クラリネット五重奏曲ロ短調 Op.115』 については6回もの録音を残しており、これは世界的な記録になっているようである。
そんなライスターが、自身のエッセイ(珍しい!)の中で、以下のように書いている。
ブラームスは、その音楽を理解するために、長い時の流れを必要とする作曲家であると思います。彼の音楽が表現している内容は、自分の人生を通して体験しなければ理解できないような要素を多く含んでいるからです。
(中略)
私はいま四十九歳ですが、二十歳の頃にブラームスの音楽とその人生を理解していたとはとても思えません。
(中略)
ブラームスの音楽に対する理解は、年齢とともに変わってきます。そしてまた、年齢とともに違った愛し方をするようになるでしょう。
カール・ライスター 「年齢と作品理解」 ― 『カラー版 作曲家の生涯 ブラームス』(1986年・新潮文庫) asin:4101499012
「ブラームスの音楽に対する理解は、年齢とともに変わってきます。そしてまた、年齢とともに違った愛し方をするようになるでしょう。」 という部分、非常に共感するのだが、ライスターはあくまでも演奏者の立場から述べているのだということを忘れてはなるまい。リスナーとしてなら、十代だろうが七十代だろうがそれなりにブラームスの音楽を楽しむことは出来るからである。
さて、ライスターの演奏は年齢とともに、実際どのように変化して行ったのか。手元に 『クラリネット五重奏曲』 の CD が3枚あるので、年代順に聴き比べてみることにしたい。
アマデウス弦楽四重奏団 & カール・ライスター(1967年)
アマデウスSQ は1948年に結成された古い弦楽四重奏団で、60年代にブラームスの室内楽作品を集中して録音し、のちに全集として発表している。本作はその中の一枚で、ライスターはゲスト扱いとなっている。彼は当時29歳。21歳の時にベルリン・フィルに入団し、首席クラリネット奏者として活躍していたライスターにとって、初の室内楽レコーディングだったようだ。YouTube に第1楽章と第4楽章の音源があったので、聴いてみよう。
まずは第1楽章より。(フル・バージョンで約12分の演奏だが、最後のほうがフェイドアウトになっていて残念。)
アマデウスSQ の弦の音色は明るく、きわめて安定感のある演奏である。若きライスターも堂々としたものだが、ヘッドホンで聴くと右端に位置しているはずのクラリネットの音が中央に寄ったり右に戻ったりしていることがわかる。(これは YouTube 音源の音質が悪いのではなく、CD も同じなので、こういう演奏・録音なのだとしかいいようがない。)弦楽器の音は左右にぶれたりしていないから、ライスターだけが左右に動いているということになる。動くといってもまさか歩きまわっているわけではなく、上半身を動かしたり楽器の向きを変えたりといった大きなアクションがそのままステレオ録音に反映されてしまったのだろう。*1 この現象は、第1楽章に顕著で、第2楽章以下ではかなり落ち着いている。
続いて第4楽章。
長調と短調が複雑に混ざったような楽章である。6:38 から曲の雰囲気ががらっと変わり、第1楽章の冒頭の明るいフレーズがまるで映画の回想シーンのように挿入され、そのまま静かに終わる。このコーダ(終結部)におけるライスターは、第1楽章とは別人のように、《大人の音楽》 を演奏している。
ベルリン・ゾリステン(1988年)
- アーティスト: ベルリン・ゾリステン,モーツァルト,ブラームス
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- メディア: CD
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ライスターにとっては、冒頭に引用したエッセイからさらに2年後、51歳のときの演奏であり、彼の4回目の 『五重奏曲』 録音である。ジャケット写真を見る限り、どう考えてもライスターがボスのような感じがするが、実際の演奏は正に 《ボス抜き》 らしく、メンバー全員がリラックスした雰囲気のものとなっている。(併録のモーツァルトはリラックスしすぎて、ちょっと緊張感が乏しい気がする。)この点、アマデウスSQ盤とは対照的だ。
ライスター自身の演奏スタイルは、若い頃のものと大きく変わったようには聞こえないのだが、ちゃんと右端に落ちついて座って吹いているようである。
カール・ライスター & ブランディス弦楽四重奏団(1996年)
ブランディスSQ のリーダー、トマス・ブランディス(1935-)は1961年から1983年までベルリン・フィルのコンサート・マスターを務めたヴァイオリニスト。1993年までベルリン・フィルに在籍したライスターとともにカラヤン時代の BPO を支えた人物である。1996年録音の本作は、彼らにとって再会セッションということになるのだろうか。この6回目の録音を行ったとき、ライスターは59歳。ブラームスが五重奏曲を書いたのは58歳だったのだから、作曲者の年齢を超えたところである。相当感慨深いものがあったのではないかと思う。
本録音の特徴は、クラリネットが中央に位置している点である。弦楽器の音も非常に聴き分けやすくなっていて、特に右から聞こえるヴィオラとチェロの音が素晴らしい。現代の室内楽アンサンブルの頂点をきわめた最上の演奏・録音だと思う。特に、第2楽章のさびれた雰囲気の音楽は、過去にみられなかったものである。
以下の映像は全く別の楽団によるものだが、同第2楽章の演奏。弦楽器のブリッジの部分に 《弱音器》 というアタッチメントを取り付けて、ちょっとくすんだような音色を出しているところである。
ブランディスSQ の演奏は、この部分が実に巧みで、深い霧の向こうからクラリネットの音が漂うように聞こえてくるのだ。
今回紹介した3枚の演奏は、どれも素晴らしく甲乙付けがたいものである。個人的にブランディスSQ 盤がお気に入りなのだが、アマデウスもベルリンも悪くはない。(ブランディス盤は2枚組で 1,400円なのでお買い得だけどね。)ブラームスがお好きな方、室内楽に興味をお持ちの方は、いずれか1枚を実際に聴いていただきたいと思う。