アルゲリッチ/ブラームス 『ピアノ四重奏曲』

 マルタ・アルゲリッチ(1940〜)というピアニストは若い頃から魔法が使えるのではないかと思っていたのだけれど、最近は本当に魔女になってしまったように見える。彼女のピアノは極限まで速いテンポ、正確で力強いタッチが特徴であり、室内楽においては演奏者全員をぐいぐいと引っ張っていく。
 そんなアルゲリッチの映像から、演奏中のハプニングをご紹介しよう。


 1曲目は、ブラームス作曲 『ピアノ四重奏曲第3番』 第2楽章スケルツォ。2009年6月15日のステージである。

 8分の6拍子の曲だが、極端に速く、8分音符を1拍と勘定すると1分間に300を超えてしまうことになる。(1小節を2拍と勘定するべきなのだろうけど。)ほとんどピンク・フロイド「吹けよ風、呼べよ嵐」 みたいな感じの演奏だ。弦楽器奏者もどんどんヒートアップしていく。
 最初のアクシデントは1分を過ぎたあたりで起こる。ヴィオラの弓(馬の尻尾の毛を数十本束ねたもの)の毛が切れ始めたのである。2分を過ぎると弓の先からぶら下がった毛が何本もぶらぶらと揺れているところがはっきり映っている。さらに、2分22秒のところで、ブチブチといやな音がする。ミッシャ・マイスキーのチェロの G 弦(低いほうから2番目の弦)が切れてしまったのだ。それでも演奏は続行される。なんとかエンディングまでたどり着いたものの、最後の1音の途中でマイスキーは演奏を中止。くやしそうな表情で席を立っている。
 結局、この楽章は最初からやり直しとなった。以下の映像は Take2 である。

 上のアクシデントの原因は明らかにアルゲリッチにあったので、Take2 はややテンポを落としている。2回目の演奏はうまくいったようなのだが、マイスキーは途中何度も首を傾げ、納得の行かない表情を見せる。1回目よりもテンションが下がってしまったのだろうか。珍しい場面である。


 続いて、同じくブラームス作曲 『ピアノ四重奏曲第1番』 第4楽章ロンドより。2002年2月のスタジオ録音風景である。画質は悪いのだが、CD 並みの音質(というか CD として発売されている)である。

 アルゲリッチアルゼンチン出身のピアニスト。ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)、マイスキー(チェロ)を含む弦楽器の3人はロシア出身である。
 最初からスピード全開のアルゲリッチ。途中、弦楽器のパートをはさみ、コーダ(終結部)ではさらにテンポを上げていく。最後のほうなど、ビデオの早送り再生を見ているような感じになっていて、演奏が終わった瞬間は全員が変なポーズで固まっている。その後、アルゲリッチが立ちあがり、ロシア人たちに向かって英語で "OK. Thank you!" と言っている。
 白熱した素晴らしい演奏だと思うのだが、彼らはこの調子でドヴォルザークショスタコーヴィチも演ってしまうので、どれも同じように聞こえてしまうのが難点かもしれない。


 さて、このパワー全開第4楽章ロンドを演奏するアマチュア楽団の映像を見てみよう。

 2007年7月、California Summer Music camp というイベントに集まった17〜20歳の青少年たちによる演奏である。冒頭のところで派手なミスタッチがあったりして、ちょっと残念なのだけれど、途中からどんどんヒートアップしていくところが素晴らしい。特にピアノは最初から最後までほとんど全力のフォルテで弾いていて、本来こういうのは表現力不足といわれるのだろうけれども、この演奏では最もアツくなっているのがピアノなのだ。そして、コーダでは全員が一つの塊りとなって燃え上っていく。室内楽でここまでアツくなれるなんて、素敵ではないか。ブラームスが20代のときに作曲したこのカルテットの情熱を、そのまま再現しているような素晴らしいアンサンブルだと思う。


 上の四人の中では一番目立たない17歳のチェリスト Jessica Lizardo が、実は YouTube のうp主である。以下に紹介する映像は、ブラームスから1年後、2008年10月の演奏。ガスパール・カサドというバルセロナ出身のチェリストが作曲した "Requiebros" (愛の言葉)という曲である。

 ものすごい成長ぶりである。ピッチに不安定な部分があり、将来プロを目指すレベルなのかどうかわからないのだが、僕は Jessica の演奏に感動した。
Jessica, I send you a big applause from Japan.


ブラームス:ピアノ四重奏曲

ブラームス:ピアノ四重奏曲

マイスキー ベスト・アルバム

マイスキー ベスト・アルバム

 下の CD は昨年発表されたマイスキーベスト・アルバム。新録音の 『おくりびと』 メインテーマ(久石譲作曲)がなかなかいい感じです。