谷崎潤一郎 『独探』

 大正4年に発表された短編小説。独探とはドイツのスパイという意味だが、スパイ小説ではない。
 《私》 ことミスター・タニザキは西洋に憧れ、外国語を学びたいと思っている。初めて紹介された墺太利(オースタリー)人 G 氏からドイツ語を教わるのだが、G 氏がきわめて胡散臭い人物だったからさあ大変、という喜劇仕立ての話である。

 ひたすら西洋(というより白人か)を崇拝する 《私》 と G 氏の奇妙なやりとりだけで、どんどん引っ張っていく不思議な小説だ。特別な事件が起こるわけではなく、すごい美女が登場するわけでもなく、ようするに何だかよくわからない話なのである。にもかかわらず、次はどうなるんだろう? と読み進めてしまうのは、谷崎マジックにちがいない。
 文章はきわめて平易であり、表現に特別な工夫がこらされているとは思えない。どちらかというと、文脈の組み立て方に、独特の味わいが感じられる作品だと思う。