太宰治 『地図 初期作品集』

 その頃の私は、大作家になりたくて、大作家になるためには、たとえどのようなつらい修業でも、またどのような大きい犠牲でも、それを忍びおおせなくてはならぬと決心していた。


 太宰治 「断崖の錯覚」 (昭和9年、黒木舜平というペンネームで発表された小説。)

 本書は太宰治の、県立青森中学校時代、旧制弘前高等学校時代から、処女作品集 『晩年』 (昭和11年発表)直前までの作品を中心に、編纂されたものである。(一部例外的に、デビュー後の新潮文庫未収録作品も入っている。) ほぼ年代順に構成されているため、太宰の成長、変貌ぶりがわかって非常に面白い。

 子供の作文レベルとしか思えないような作品も混ざっているが、それでも太宰の、あの独特の自意識、自尊心、含羞は少年時代にすでに完成されていたのだと思う。また、青森・弘前時代の太宰には、都会的な文化に対する憧れが強く、方言に対する呪詛、不自然なまでに強調された東京弁の使用といったものが、文章からはっきりと伝わってくる。
 それから、「ああ、この時期に太宰は童貞喪失したんだな。」 というのが、残酷なまでにわかってしまう作品もある。そういった点も含めて、本書は作品よりも作家自身に関心を持つ読者向けといえよう。もっとも、太宰の場合、多くの作品は作者に興味を持たざるを得ない傾向があるのだけど。

 本書は、一人の天才作家の成長記録である。
 全集本に収録済みの作品ばかりだそうだが、このような形で太宰の初期作品を読めるようになったのは、うれしいことだと思う。
 これから本書を手にとろうという方は、先に 『晩年』 を読んでおくことを強くおすすめする。『晩年』 の原型となった小説がいくつか含まれているからである。

地図 (新潮文庫)

地図 (新潮文庫)