太宰治 『晩年』

「晩年」は、私の最初の小説集なのです。もう、これが、私の唯一の遺著になるだろうと思いましたから、題も、「晩年」として置いたのです。
 読んで面白い小説も、二、三ありますから、おひまの折に読んでみて下さい。


 太宰治 「晩年」に就いて - 青空文庫

 昭和23年刊行の新潮社版 『晩年』 を入手した。(上の画像)
 『晩年』 が最初に砂子屋書房から出版されたのは昭和11年のこと。新潮文庫になったのは昭和22年のことである。
 この古書は、奥付に「昭和廿三年七月卅日發行」と印刷されている。太宰が亡くなった翌月のことだが、当時ベストセラーになった 『斜陽』 の人気にあやかった復刻版なのではないかと思う。終戦後の本なので紙質が悪く、乱暴にページをめくると紙が破れてしまいそうだ。こういうのは丁寧にゆっくりと読み返したいものである。

「晩年」お読みになりますか? 美しさは、人から指定されて感じいるものではなくて、自分で、自分ひとりで、ふっと発見するものです。「晩年」の中から、あなたは、美しさを発見できるかどうか、それは、あなたの自由です。読者の黄金権です。だから、あまりおすすめしたくないのです。わからん奴には、ぶん殴ったって、こんりんざい判りっこないんだから。


 太宰治 「晩年」に就いて - 青空文庫

 引用した 『「晩年」に就いて』 は太宰による自著の紹介文だが、冒頭のあたり、やけに腰が低いのに対して、最後のほうは 「ぶん殴ったって、こんりんざい判りっこない」 などとキレかかっていて面白い。

 さて、『晩年』 はのちに大作家となる太宰治のインディーズ時代の集大成である。「晩年」 という題名の小説はなく、作品集のタイトルとしてつけられたものであり、その理由は上に引用したとおりだ。収録された15編の短編小説は、明るいものあり、暗いものあり、自伝風、メタフィクション、時代もの、民話風、ファンタジー風と非常に幅が広い。一つひとつの作品の内容やテーマに一貫性があるわけではないが、最初の 『葉』 と最後の 『めくら草紙』 はストーリーのない断章を集めたものとなっており、全体を通読すると、きちんと構成された本になっていることがわかる。
 また、でたらめにページを開いて、適当な箇所から読み始めてもそれなりに面白く、すっと作品世界に引き込まれていくのが、本書の特徴だ。『思い出』 という作品の中に、少年時代の主人公が夜遅くに目を覚まし、囲炉裏端の祖母の話に聞き耳を立てる場面が書かれているが、まさにそういう感覚を読者も味わうことができるのである。これは 《語り》 の面白さなのだと思う。

 『晩年』、お読みになりますか?


晩年 (新潮文庫)

晩年 (新潮文庫)