おい、ヘミングウェイ。

 フィリップ・マーロウと大男(警官)との会話。インディアンというのはある男に雇われている用心棒のことである。

「どうして、ピストルが要るんだね?」
「インディアンを殺すんだ」
「そうか。インディアンを殺すのか」
 彼はまた、口髭の男を見て、いった。「こいつは手ごわいですな。インディアンを殺すんだそうですぜ」
「おい、ヘミングウェイ。ぼくのいうことを一つ一つ繰り返さないでもらいたいね」
 (中略)
「なぜ俺を、ヘミングウェイと呼ぶのか、わからんね」と大男はいった。「俺の名前はヘミングウェイじゃない」


 レイモンド・チャンドラーさらば愛しき女よ』 23 (清水俊二訳)

 私立探偵のセリフにおうむ返しで応じる大男には別の名前があるのに、なぜかマーロウは彼をヘミングウェイと呼ぶ。次の章でマーロウ自身が言うように、これは冗談("An old, old gag.")なのだが、小説の中では由来に関する説明が全くない。
 元ネタは 『武器よさらば』 ではないかと思うのだが、どうだろう?

……このエットーレこそは正真正銘のヒーローというやつで、だから、会う人間はみんなうんざりしてしまう。キャサリンも、この男には我慢がならないくちだった。
「わたしの国にもヒーローたちはいるけど」彼女は言った。「たいていは、もっとずっと控えめだわ」
「ぼくはあまり気にならないけどね」
「わたしだって、あの人があんな自惚れ屋じゃなくて、会うたびにうんざりさせられるようなことがなければ、気にならないわよ。ところがちがうでしょう、もううんざりよ、あの人には」
「ぼくもうんざりだ、彼氏には」
「そういうところがあなたは優しいのね、ちゃんと話を合わせてくれて。でも、無理に合わせてくれなくてもいいのよ。あなたの場合は、前線でのあの人の振舞いが想像できるんでしょうし、それなりに役立つ男だってわかってるんでしょうから。でも、わたしにとってはいちばんいやなタイプね、あの人は」
「ああ、わかるよ」
「そこが優しいところよね、あなたは。ちゃんとわかってくれて。わたしもなんとかあの人を好きになろうと思うんだけど、でも、だめ、あんなに感じの悪い人っていないんですもの」


 ヘミングウェイ武器よさらば』 第二部 第十九章 (高見浩訳)

 大男はだいぶ後になって再び登場するのだが、マーロウ君、地の文では最後までヘミングウェイと呼びつづけるのだ。意外としつこいヤツだと思う。