マロイへの伝言
フィリップ・マーロウは命がけで賭博船に乗り込み、《大鹿マロイ》 への伝言を届けてくれと、暗黒街のボス、ブルネットに依頼する。
※強調部は引用者による。
「どんな伝言だ?」
私はデスクの上の紙入れから名刺を一枚とり出して、その裏に鉛筆で文字を五つしるし、彼の眼の前においた。ブルネットは名刺をとりあげて、私のしるした文字を読んだ。「私には何のことか、わからない」と、彼はいった。
「マロイが読めば、わかる」
レイモンド・チャンドラー 『さらば愛しき女よ』 38 (清水俊二訳)
「文字を五つ」 というのは原文では five words である。(村上春樹訳では 「名刺の裏に単語を五つ書いた。」 となっている。)だが、実際に何と書いたのだろうか?
さて、次の章でマロイはマーロウの元へやってくる。
「レアード・ブルネットはいい人間だと聞いている」と、彼は独りごとのようにいった。「しかし、会ったことはねえ」
「ぼくの手紙を届けてくれたじゃないか」
「あの男が持ってきたわけじゃねえ、だが、あの名刺に書いてあったことはいつするんだ? 俺はなんとなくお前を信用していいような気がしたんだ。そうでなければ、ここまで出かけて来やしねえ。これから、どこへ行くんだね?」
レイモンド・チャンドラー 『さらば愛しき女よ』 39 (清水俊二訳)
「あの名刺に書いてあったことはいつするんだ?」 は原文では "When do we do what you said on the card?" と書かれている。
上の文章から、手紙(the message)の文面は以下のように推察できそうだ。
- 五つの単語が用いられている。
- マーロウとマロイの間では通じるが、第三者が読んでも意味不明である。
- 殺人容疑で手配中のマロイが手紙を読んでやって来たのだから、彼にとって重要なことが書かれている。
- マーロウはマロイにとって決定的なことを告げようとしている。
- 「いつするんだ?(When do we do?)」、「どこへ行くんだね?(Where do we go?)」 というセリフから、二人が何らかのアクション(行動)を起こそうとしている。しかも、それはマロイ単独では実行不可能である。
うーん。
"I'll tell you the truth." だと、アクションには結びつかない。
"I'll let you see one." だと、次の場面で、ドアごしに女の声が聞えてからマロイが戸棚に隠れる理由の説明がつかない。
『さらば愛しき女よ』(1940年発表)には最後までわからない謎、意味不明なエピソードが頻出する。上の手紙の内容もその一つなのだが、そこに書かれているはずのアクションが実行されたのかどうかも、はっきりしないのだ。
そもそも、マーロウはなぜマロイに近づこうとしたのだろうか?
- 作者: レイモンド・チャンドラー,村上春樹
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