「形容詞 + です」という日本語の用法について

「形容詞 + です」 は誤用ではない

変な日本語(1) 「危ないですから」-九十九式

電車に乗っていると、ホームでこんなアナウンスがよく流れてくる。

「3番線に電車がまいります。危ないですから、黄色い線の内側にお下がりください」

僕はこれを聞くたびに、強烈な違和感を覚える。電車には毎日乗るので、この襲い来る違和感と戦うだけで会社に着く頃にはヘトヘトになってしまう。

言うまでもなく、「危ない」という形容詞に直接「です」を付けるのは誤用だ。


 変な日本語(1) 「危ないですから」-九十九式

 「危ないです」 のように、「形容詞 + です」 という表現は、文法的に間違った用法ではない。上記リンク先の主張の根拠として、以下の MSN 相談箱の回答欄が引用されているが、これに至ってははっきり 《間違い》 といって良いだろう。

昭和27年の国語審議会で「形容詞+です」表現を「許容する」としたときから、日本語の「形容詞(う音便)+ございます」の丁寧語が、仰々しいものに変わってしまった、ということです。

昭和27年といえば、その年に小学生になった人が既に60歳になろうとしています。
もう、日本の中で「おいしゅうございます」という本来の日本語の表現である丁寧語を使う(が使える)人は少ないのでしょう。
現にあなたは大変違和感をもっていらっしゃる。


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 昭和27年以前はこの表現が 「許容」 されていなかったかのような回答だが、全くそんなことはない。以下、戦前戦後の名作文学から実例を挙げてみよう。

「形容詞 + です」の使用例

 まずは泉鏡花 『海城発電』(明治29年) から。地の文は文語体だが、台詞は口語体で書かれた小説である。
 舞台は日清戦争。日本人の赤十字看護員が、友軍の軍夫(軍人)に囲まれ、リンチ同様の仕方で尋問されている。看護員は敵軍につかまり拷問を受けたが、彼は軍内のことは何も知らず、却って敵兵を親切に看護したため、感謝状をもらって来たのだと言う。しかし、敵兵を助けたことから、軍夫海野は彼を国賊呼ばわりにする。

「……君、その大事の、いや、御秘蔵のものではあらうが、どうぞ一番(ひとつ)、その感謝状を拝ましてもらいたいな。」
 と口は和(やわ)らかにものいへども、胸に満(みち)たる不快の念は、包むにあまりて音(ね)に出(い)でぬ。
 看護員は異議もなく、
「確かありましたツけ、お待ちなさい。」
 手にせる鉛筆を納(おさむ)るとともに、衣兜(かくし)の裡(うち)をさぐりつつ、
「あ、ありました。」
 と一通の書を取出して、
「なかなか字体がうまいです。」
 無雑作(むぞうさ)に差出(さしいだ)して、海野の手に渡しながら、
「裂いちやあ不可(いけ)ません。」


 泉鏡花 『海城発電』 三
強調部は引用者による。以下同様。

 看護員の台詞には、ほかにも 「思ったです」、「撲るです」、「知らないです」 など、独特の言い回しが頻出している。「です・ます」 調というのは、明治期の軍隊で用いられた言い方だと聞いたことがあるのだが*1、曖昧さを回避するための実用的な用法なのだろうか。ただ、あまりにも堅苦しくて、自然な日本語とはとても呼べないような代物ではある。

 お次は、夏目漱石坊っちゃん』(明治39年) から。主人公の 《おれ》= 坊っちゃんが、職員会議で啖呵を切るくだりである。

 おれは野だの云う意味は分らないけれども、何だか非常に腹が立ったから、腹案も出来ないうちに起ち上がってしまった。「私は徹頭徹尾反対です……」と云ったがあとが急に出て来ない。「……そんな頓珍漢な、処分は大嫌いです」とつけたら、職員が一同笑い出した。「一体生徒が全然悪(わ)るいです。どうしても詫(あや)まらせなくっちゃ、癖になります。退校さしても構いません。……何だ失敬な、新しく来た教師だと思って……」と云って着席した。


 夏目漱石坊っちゃん』 六

 これまた堅苦しい口調だが、ここで 「悪るいです」 を 「悪うございます」 に置き換えることは不可能であろう。また、本論から逸れるが、「全然」 という言葉が否定を伴わずに用いられている点にも注目したい。

 続けて、夏目漱石彼岸過迄』(明治45年)。主人公市蔵と叔父松本の会話場面から。

「おれはそう思うんだ。だから少しも隠す必要を認めていない。御前だって健全な精神を持っているなら、おれと同じように思うべきはずじゃないか。もしそう思う事ができないというなら、それがすなわち御前の僻みだ。解ったかな」
「解りました。善く解りました」と市蔵が答えた。僕は「解ったらそれで好い、もうその問題についてかれこれというのは止(よ)しにしようよ」と云った。
「もう止します。もうけっしてこの事について、あなたを煩(わず)らわす日は来ないでしょう。なるほどあなたのおっしゃる通り僕は僻んだ解釈ばかりしていたのです。僕はあなたの御話を聞くまでは非常に怖かったです。胸の肉が縮まるほど怖かったです。けれども御話を聞いてすべてが明白になったら、かえって安心して気が楽になりました。もう怖い事も不安な事もありません。その代り何だか急に心細くなりました。淋しいです。世の中にたった一人立っているような気がします」


 夏目漱石彼岸過迄』 松本の話 六

 長い会話の中で、「淋しいです。」 の一文が印象的なアクセントになっている。坊っちゃんの台詞の堅苦しさが消え、日本語としてこなれた表現に変化しているのがおわかりだろうか。

 大正期の文学はどうだろう。芥川龍之介 『舞踏会』(大正9年) を開いてみよう。なお、作中の時代設定は明治19年である。

「西洋の女の方(かた)はほんとうにお美しゅうございますこと」
 海軍将校はこの言葉を聞くと、思いのほか真面目に首を振った。
「日本の女の方も美しいです。ことにあなたなぞは――」
「そんな事はございませんわ」
「いえ、お世辞ではありません。そのまますぐに巴里(パリ)の舞踏会へも出られます。そうしたら皆が驚くでしょう。ワットオの画(え)の中のお姫様のようですから」


 芥川龍之介 『舞踏会』

 ここまで来ると、もはや何の違和感もないばかりか、ごく自然な会話の流れにくだんの言葉が溶け込んでおり、なおかつ気品さえ感じさせるものとなっている。

 戦後の文学も挙げてみたい。太宰治パンドラの匣』(昭和20〜21年) から。結核療養所の男性患者たちが、助手(看護婦)の厚化粧について、議論を戦わせている場面である。

「君は、僕たちの提案に反対なのか。」と、しばらくして、青大将という眼つきの凄い三十男が僕に尋ねた。
「大賛成です。それに就いて僕に、とっても面白い計画があるんです。それを、やらせて下さい。お願いします。」
 みんな少し、気抜けがしたようだった。
よろしいですね。ありがとう。この回覧板は、晩までお借り致します。」僕は素早く部屋を出た。これでいいのだ。むずかしい事は無いんだ。あとは竹さんにたのめばいい。


 太宰治パンドラの匣』 口紅 3

 議論の内容はともかく、上の会話は現代のものと全く変わりがない。国語審議会は 「許容」 しなかったのかもしれないが、そんな審議会など、何の役にも立たないのである。

まとめ

 延々と小説の引用を続けたが、これらに共通するのは全て登場人物の台詞だということである。つまり、「形容詞 + です」 は 《書き言葉》 よりも 《話し言葉》 として、明治期から用いられ、かつ時代が下るとともに、ごく自然な表現に変化していったということだ。
 我々は 《話し言葉》 を用いるとき、聞き取りやすい言葉、わかりやすい言葉を使ったほうが、相手によく伝わることを、経験から学んでいる。駅員が 「危険ですから」 ではなく、「危ないですから」 とアナウンスすることによって、外国人や子供を含むより多くの人たちに理解を促すことができれば、そのアナウンス自体の目的を達成したことになるのではないだろうか。

おまけ

 ところで、僕はどうしてこんな記事を書いているのだろうか。その答えは漱石先生に聞いてみることにしよう。

「なぜって、小説なんか、そうして読む方が面白いです


 夏目漱石草枕』 九

 おあとがよろしいようで。

2010.1.4 追記

 「形容詞 + です」 の用例で、さらに古いものを見つけた。
イワン・ツルゲーネフ Ivan Turgenev 二葉亭四迷訳 あいびき
 小説本文の前に挿入された、訳者による序文である。

 このあいびきは先年仏蘭西(フランス)で死去した、露国では有名な小説家、ツルゲーネフという人の端物(はもの)の作です。今度徳富先生の御依頼で訳してみました。私の訳文は我ながら不思議とソノ何んだが、これでも原文はきわめておもしろいです

 この翻訳小説が発表されたのは明治21年。『浮雲』 の翌年のことである。言文一致体の創成期にはすでに 「形容詞 + です」 が使われていたのだ。この用例は小説の登場人物のセリフではなく、地の文である点にも注目したい。


*1:出典を忘れてしまった。ご存じの方がいらっしゃったらご教示願います。