島崎藤村 『伸び支度』
男やもめの父さんに育てられた末娘の袖子は数え十五歳。ちょっと前までは人形遊びに夢中になっていた少女である。
娘の風俗(なり)はなるべく清楚に。その自分の好みから父さんは割り出して、袖子の着る物でも、持ち物でも、すべて自分で見立ててやった。そして、いつまでも自分の人形娘にして置きたかった。いつまでも子供で、自分の言うなりに、自由になるもののように……
島崎藤村 『伸び支度』
しかし、子供の成長は早い。ある日、袖子が初潮を迎えるのである。
……いつものように学校へ行って見ると、袖子はもう以前の自分ではなかった。事毎に自由を失ったようで、あたりが狭かった。昨日までの遊びの友達からは遽(にわ)かに遠のいて、多勢の友達が先生達と縄飛びに鞠(まり)投げに嬉戯(きぎ)するさまを運動場の隅に眺めつくした。
それから一週間ばかり後になって、漸く袖子はあたりまえのからだに帰ることが出来た。溢れて来るものは、すべて清い。あだかも春の雪に濡れて反って伸びる力を増す若草のように、生長(しとなり)ざかりの袖子は一層いきいきとした健康を恢復(かいふく)した。
『伸び支度』 は大正14年に発表された短編小説。文庫本でわずか10ページの掌編である。
主人公袖子のモデルは藤村の四女柳子。娘の成長ぶりにおろおろする父親の姿はちょっとかわいらしくもある。そして育っていく娘の姿はまぶしいばかりだ。(女の子って、こんな感じなんでしょうか。教えてください。)
あと、サザエさんみたいな感じの女中と、イクラちゃんみたいな幼児(近所の子供)が出てきて、結構明るい話になっている。