島崎藤村 『三人』

 東京の病院院長の娘、実子は病気がちな体の保養を兼ねて、信州松本近郊の山辺温泉を訪れる。松本で教師をしている友人二人と合流し、女三人の温泉旅である。

…………実子はめずらしい食慾をも覚えて、宿の茶碗に三つもかえるようになった。小さな茶碗でせいぜい二つぐらいしか進まなかったほど、日頃の彼女の食はそんなに細かった。…………


 島崎藤村 『三人』

 病弱な女性でもご飯を二三杯は食べる、というのが昔のひとである。夏目漱石だって病後にお粥を三杯食ったと書いているのだから、これくらいは普通なのだろう。

 『三人』 は大正13年に発表された短編小説である。登場するのは女三人のみ。ストーリーらしきものはほとんどない。あとは 《病弱萌え》 である。
 大正12年1月、52歳の島崎藤村は脳溢血で倒れた。また同年6月、以前から同人雑誌の編集に関っていた加藤静子(1896-1973)という二十代の女性を同伴し、講演旅行を兼ねて山辺温泉を訪れている。本作の主人公のモデルは静子だといわれているが、実は病弱なのは藤村自身ではなかったのかと思う。
 昭和3年、藤村は二まわり年下の静子と再婚する。彼女はちょっと日本人離れした長身の美人で、彫りが深く目鼻はくっきり、若い頃の写真を見ると滝川クリステルみたいな感じのひとである。
 結婚相手と死別し、後に再婚した場合、お墓はどうなるんだろう? と思って調べてみたら、藤村の墓は二つあった。
藤村の墓 - 蟹亭奇譚
島崎静子の墓 | 大磯 井上蒲鉾店