セカンド・オピニオン

 前線で負傷したヘンリーは、ミラノのアメリカ兵専用病院へ転院する。そこへなぜか、以前の任地で知り合った恋人の 《看護師*1》 キャサリン・バークリーが転任してくる。ヘンリー君、もうやりたい放題である。
 ヘンリーの膝には被弾した際の破片が残っている。彼の怪我の状態について、イタリア人の三人の外科医は、関節液の再形成を待つためあと6カ月経過してから手術が必要だと診断を下す。ヘンリーは 《病院の先生*2》 に不満を訴える。

「だからさ、ベッドに寝たっきりというわけじゃないんだよ。最初は日光浴療法をする。それから、軽い運動もできるしね。そして、被嚢が実現したら手術も可能なんだから」
「でも、六ヶ月も待てませんよ」
 医師は手にした帽子の上にほっそりした指先を広げて、微笑した。「そんなに急いで前線にもどりたいのかい?」
「いけませんか?」
「実に美(うる)わしい態度ではあるがね。きみは見上げた若者だよ」ぼくの上にかがみこむと、彼はそっと額にキスした。「じゃあ、ヴァレンティーニをこさせるから。そう心配せず、気持を昂ぶらせんようにな。いい子でいたまえ」


 ヘミングウェイ武器よさらば』 第二部 第十五章

 近所の病院の外科医であるヴァレンティーニ少佐は、なぜか最初から機嫌が良く、やたらとおしゃべりだ。

「一杯いかがです、ドクター・ヴァレンティーニ?」
「アルコールかい? いいとも。十杯もやろうじゃないか。どこにある?」
「衣装戸棚の中です。ミス・バークリーがボトルを出してくれますから」
「じゃあ、乾杯。あんたに乾杯だ。お嬢さん。なんてきれいな娘さんなんだ。こんどくるときは、もっとうまいコニャックを持ってきてやろう」彼は口ひげを拭った。
「手術はいつごろできそうですか?」
「あすの朝だな。それ以前はだめだ。それまでに、胃袋をからっぽにしとかなきゃいかん。きれいに洗浄しておくことだ。……」

 怪我がなおって退院したら、前線に戻らなければならない状況である。イタリア兵の中にはわざと怪我をして病院送りになろうとする者もいるのだ。にもかかわらず、ヘンリーが急いで手術を受けようとしたのはなぜか。《病院の先生》 に対しては勇敢な態度を装っているが、彼はうそをついているのではないか。
 6か月も入院して、手術のあとリハビリもやっていたら、1年近く経ってしまう。それまでの間に、キャサリンは他の任地へ移ってしまうかもしれない。あるいは戦争が終わったら、彼女は国*3に帰ってしまうかもしれない。ヘンリーはそう考えたのだろう。恋人と別れたくなかったのだ。
 果たして手術は成功する。しかし、彼の読みは外れていた。戦争はこのあと1年半も続いたのである。

*1:キャサリンは正確には nurse ではなく、Voluntary Aid Detachment (救急看護奉仕隊)だと本人が語っている。なお、高見浩は nurse を 《看護師》 と訳しているが、非常に違和感がある。

*2:原文では house doctor。医師1名に看護婦4名という小さな病院で、外科医は別の病院から来てもらっているらしい。

*3:ヘンリーはキャサリンのことを 「イギリス人」 と言っているが、彼女はスコットランド出身。