島崎藤村 『幼きものに 海のみやげ』

 島崎藤村は大正2〜5年、フランスに滞在する。妻冬子の死後、姪こま子を妊娠させてしまい、その関係を清算するためであった。(帰国後、再び姪と関係するのだが、それは別の話。)

 『幼きものに 海のみやげ』 は大正6年に発表された童話集。船でアジアからスエズ運河経由でヨーロッパに入ったときのこと、パリの生活、世界大戦が起こったため田舎に疎開したこと、南アフリカ回りでの帰路などが、77編の物語にまとめられていて、そのうち11編は世界各国の童話、民話を紹介したものとなっている。(ツルゲーネフやルソーといった作家の作品も収められている。)
 全体が語り手の 《父さん》 が子供たちに、海外のみやげ話を語って聞かせるという構成になっており、ストーリーよりもその語り口が魅力の童話集だ。

 三年も父さんはフランスに暮らして、いよいよ日本へ帰ることになったとき、青森のほうの人からフランスのお人形さんを買ってくるようにと頼まれました。
 フランスのお人形さんは、どんなのがよかろうと、パリの大きなおもちゃ屋へ探しに行きました。わざわざ日本へ持って帰るのですから、なるべくかわいらしいのを買って行ってあげたいと思いまして。見ると、大きなおもちゃ屋の窓の下に、お人形さんが三つ並んでいました。一つは紅い帽子をかぶっていました。一つは白い帽子をかぶっていました。一つは青い帽子をかぶっていました。どれも、これも、かわいらしい。どれを買って行こうかと父さんも迷いました。
「日本のおじさん、わたしを連れて行ってください。」
と三つのお人形さんが同じように頼みました。


 島崎藤村 『幼きものに 海のみやげ』 より 「人形の窓の下の歌」

 《父さん》 の話す相手は、外国の人々ばかりでなく、動植物であったり、人形であったり、「国」(帰国の際、日本に向かって話しかけている)であったりする。こういう様々な会話が、《父さん》 の旅を面白く、独特なものにしているのである。
 挿絵を描いているのは竹久夢二。洋風のハイカラな絵が素敵だ。
 藤村の童話集は現在絶版なのだが、馬籠の藤村記念館で販売している。全部で4冊出ているのだけど、2冊買ってきたので、また紹介したいと思う。