お雪

「お雪、俺とお前と何方(どっち)が先に死ぬと思う」
「どうせ私の方が後へ残るでしょうから、そうしたら私はどうしよう――何にも未だ子供のことは為(し)て無いし――父さんの書いた物が遺(のこ)ったって、それで子供の教育が出来るか、どうか、解らないし(まあ、覚束(おぼつか)ないと思わなけりゃ成りません、何処の奥さんだって困っていらっしゃる)と言って、女の教師なぞは私の柄に無い――そうしたら私は仕方が無いから、女髪結にでも成ろうかしら――」


 島崎藤村 『家 (下巻)』 八

 上の箇所を読んでいて、思わず涙が出てきた。藤村がこれを書いたとき、彼の妻がすでに亡くなっていたことを知っているからだけではない。作者の身に起こった個人的な出来事というだけでなく、もっと普遍的なことがら――男と女が出会い、共に生き、そして死んでいくということについて、上のごく平凡な会話には全てが含まれているからである。