聞き上手

……やがて幸山船長はむかしの恋物語をはじめ、私はできるだけ無関心をよそおって聞いた。――そういう話をうまく聞くには、相手によって二種類の聞きかたがあるようだ。或る者はこっちが乗り気になって、強い関心を示さなければならないし、他の者は反対に、聞くような聞かないような、平静な態度を保つほうがよい。この選択を誤ると、しばしばいい話を聞きそこなうようである。――私は幸山船長が後者に属するように感じたのだが、その直感は外れなかったとみえ、船長はなんの警戒心も起こさず、静かにゆっくりと語り続けた。


 山本周五郎青べか物語』 芦の中の一夜

 《蒸気河岸の先生》 こと 《私》 は聞き上手である。上には 「二種類の聞きかたがある」 と書いているが、《私》 はもっぱら無関心を装った、控え目な聞き手に徹しているようだ。伊丹十三とは全く正反対である。
 そして、幸山船長――四十余年も船に乗り、定年になったが廃船に住んでいる老人――が語る恋の話は、『青べか物語』 の中で最も美しく悲しい挿話だった。