笑わない男 ― 芥川龍之介
完璧な小説を挙げよ。――もしもこんな風に問われたら、僕はためらわずに芥川龍之介の 『藪の中』 と答えるだろう。
『藪の中』 を初めて読んだのは学生の頃だが、そのときの衝撃は今でも記憶に残っている。完璧な構成、魅力的な語り口、不条理な結末。そのどれもが最高の物語だった。そして、結末を知りながら何度読み返しても必ず驚愕する、そういう風に出来上がっている小説なのである。
国語の教科書に載っていて有名な、芥川の鋭い容貌を捉えた一枚の写真がある。他の写真も同様だが、彼は決して笑わない男だった。しかし、『藪の中』、『地獄変』、『奉教人の死』 などの作品を読んだ者の驚嘆ぶりを想像して、作者は一人ほくそ笑んだのではないか。芥川の本を読んだ後、例の写真を見ると、ニヒルな表情の向こうにそんな余裕さえ感じるのである。
しかし、芥川の晩年の小説からは、そのような“内心の笑み”が消えている。本心を吐露するようになった、ということなのかもしれないが、『玄鶴山房』、『河童』、『或阿呆の一生』 といった昭和の作品はあまりにも痛々しく、読んでいてつらいものがある。
昭和2年7月24日、芥川龍之介自死。
面白い小説をもっと読ませてもらいたかった。
八十一回目の河童忌に記す。
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