サン=テグジュペリ 『人間の土地』

 1920年代のモーリタニア(当時はフランス領西アフリカだった)。首都ヌアクショット付近の屯所に、サン=テグジュペリらが不時着したときの話。
 小説 『南方郵便機』 に書かれている老軍曹のエピソードについて、「あの夜のこともまた実話だ」 と作者は述べる。

 ――ええ! わしは方角には明るいですよ……。あの星の見当が、てっきりチュニスさね!」
 ――チュニスはきみの故郷かい?」
 ――いいえ、わしの従姉妹(いとこ)のですよ」
 深い沈黙が続く。しかし軍曹はぼくらに何一つ隠すことができない。
 ――いつか、わしはきっとチュニスへ行きますよ」


 サン=テグジュペリ 『人間の土地』 6 砂漠で (堀口大學訳)

 「軍曹はぼくらに何一つ隠すことができない。」というのは、彼がうそをついているからである。

 ――大尉殿は言われました、世界じゅうは従姉妹でいっぱいだと。で、近いほうが便利だと言って、わしをダカールへやられました」
 ――美人だったかい、あんたの従姉妹は?」
 ――チュニスのですかい? それはもう、たいしたブロンドでしたよ」
 ――いや、ダカールのだよ?」
 ――あ、あのほうは、黒ん坊でした……」
 軍曹よ、多少の怨めしさと、寂しさを含んだこの答えを聞いて、ぼくらはきみを抱きしめてやりたくなった。

 この会話は実に気がきいている。こういうのをフランス流のエスプリというのだろう。
 そして、老軍曹のブロンドの 《従姉妹》 が、バラの花に化けるのである。*1

「……どこかの星に咲いてる一輪の花を愛していたら、夜空を見あげるのは、心のなごむことだよ。星という星ぜんぶに、花が咲いているように見える」


 サン=テグジュペリ星の王子さま』 26 (河野万里子訳)

 『人間の土地』 は1939年に発表されたサン=テグジュペリの回想録。かなり作り話めいた部分もあるがノンフィクションであり、初飛行のこと、サハラ駐在時代(『南方郵便機』)のこと、ブエノスアイレス時代(『夜間飛行』)のこと、その後のことなどを中心に書かれている。


人間の土地 (新潮文庫)

人間の土地 (新潮文庫)

 カバー絵、巻末解説と地図つきイラストを宮崎駿が手がけている。

*1:あと、キツネもちゃんと登場する。