「大切なことは目に見えない」
イエスが十字架にかけられ、その後復活したときの話。
十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。
そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」
その八日後、復活のイエスはトマスの前に現れて言う。
それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
一方、使徒パウロは「見ないのに信じる」のではなく、「見えないもの」にこそ信じる価値があると述べる。
わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。
コリント人の信徒への手紙 二 第4章18 (新共同訳聖書)
これが19世紀末文学になると、次のようになる。
第一の兵士 ユダヤ人は、影も形もないたゞ一人の神を崇めてゐるのだぞ。
カパドキヤ人 訳のわからぬ話さ。
第一の兵士 とにかく、やつらの信じるのは、目に見えぬものだけなのだ。
カパドキヤ人 おれには途方もないたはごととしか思へぬな。
余談だが、『サロメ』 に登場する兵士その他大勢による宗教談義は、民族問題なども含めてさまざまな立場の意見を戦わせていて、非常に面白い。ユダヤ王エロド(ヘロデ)の苦悩は、このような議論の上に成り立っているのだ。(それに比べると、肝心のサロメと預言者ヨカナーン(洗礼者ヨハネ)の台詞はワンパターンすぎる。)
さて、上をふまえて、1943年発表の 『星の王子さま』 を読み返してみたい。
「さようなら」王子さまは言った……
「さようなら」キツネが言った。「じゃあ秘密を教えるよ。とてもかんたんなことだ。ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない」
「いちばんたいせつなことは、目に見えない」忘れないでいるために、王子さまはくり返した。
有名なキツネのセリフは、パウロ書簡に基づいている。(現代の牧師は、コリント後書の話をするとき、『星の王子さま』 を引用することが多いのだが、順序が逆である。)
「大切なことは目に見えない。」
キツネの言葉ももっともだが、トマスの態度も否定することができない。うーん、どうしよう! と思い悩みながら、サロメの舞踏を見つめるユダヤ王の心境がようやくわかってきたような気がしている。
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