ブラームス:ワルツ集 『愛の歌』・『新・愛の歌』

 ブラームスのワルツ集 『愛の歌』(LiebesLieder, Op.52)は1869年に出版された全18曲からなる歌曲集。4声とピアノ連弾という編成で、独唱、男声二重唱、女声二重唱、混声四重唱が混ざった構成になっている。ロシア、ポーランドハンガリーの民衆詩のドイツ語訳を歌詞として用いており、文字通り“恋愛”をテーマとした内容になっていて、男と女それぞれの心理が描かれている。
 と、前置きはほどほどにして、こんな歌詞なのだ。

『愛の歌』
第3曲 ああ、女
ああ、女、女はすてきだ、
女あっての世の中!
もしこの世に女がいなかったら
とっくに坊主になっていただろう!


第4曲 こんなつまらない私でも
こんなつまらない私でも、
赤い、美しい夕映えのように、
いとしいひとのために燃え、
はてしなく幸せをふり撒きたい。


 (訳:喜多尾道冬)

 やたらと大げさな言葉が並んでいるわけだが、これにブラームスの美しいメロディが加わると以下のようになる。(以下の音源は第1曲から第4曲まで。)

 男声と女声が別々に歌いだし、見事なハーモニーを作りだしている。
 しかしながら、この歌はラブソングであるにもかかわらず、男女の直接の対話や愛の告白がまったくないのである。大先輩のシューベルトだったら、女に振られて絶望したり死んでしまったりするわけだが、『愛の歌』 に登場する男と女は悶々とするばかりで、それぞれ勝手に盛り上がっているだけなのだ。生涯独身を通したブラームスはシャイな男なのである。


 続編となる 『新・愛の歌』(Neue Liebeslieder, Op.65) は1875年に出版された。『愛の歌』 と同じような内容だが、こちらは女性のほうが積極的になっている。

『新・愛の歌』
第5曲 しっかりと息子さんを守りなさいな
しっかりと息子さんを守りなさいな、
お隣りさん、災難から。
でないとわたしの黒い瞳
息子さんを誘惑しちゃうから。


ああ、私の瞳は燃え、
相手に火をつけようとする!
息子さんの心が燃えつかなければ
あなたの家が燃えちゃうわよ。


 (訳:喜多尾道冬)

 このクレイジーな歌はコントラルト(アルトよりさらに低い女声パート)によって歌われる。以下の音源の 4:20〜5:30 の部分がこの歌だ。


ブラームス:ワルツ集 愛の歌/3つの四重唱曲

ブラームス:ワルツ集 愛の歌/3つの四重唱曲

 こちらの CD は1981年に録音され、1983年にブラームス生誕150年を記念して発表されたもの。エディット・マティス(ソプラノ)、ブリギッテ・ファスベンダーコントラルト)、ペーター・シュライアーテノール)、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウバリトン)というオペラ、ドイツ・リートの世界で有名なスター歌手がずらりと揃っている。(ピアノは独奏用に編曲され、ウォルフガング・サヴァリッシュが弾いている。)
 全般に演出過剰というか大げさな歌い方である。こういうのはコミカルな解釈といって良いのだろう。きわめて楽しい 『愛の歌』 になっていると思う。