安部公房 『密会』

密会 (新潮文庫)

密会 (新潮文庫)

 主人公の 《男》 は運動具店に勤務し、《ジャンプ・シューズ》 の販売促進係長である。

 ジャンプ・シューズというのは、裏底に特殊な気泡バネを仕込んだ運動靴のことだ。一面に空気を密閉した合成ゴムのチューブを配列してあり、その復元力は上質のゴムボールにも劣らない。はずみに上手く乗れば、平均三十七パーセントものジャンプ力向上が測定されている。小、中学生中心に、学外ゲームとしてすでに流行の兆が認められるが、工夫次第では、さらに公認の新スポーツとして大きく発展の可能性もささやかれている画期的新製品なのである。


 安部公房 『密会』

 安部公房の小説の主人公はたいていひどい目にあう。アパートの部屋に見知らぬ者たちが住み着いてしまったり、自称宇宙人に議論をふっかけられたり、砂丘の穴に閉じ込められたりする。いずれも徒手空拳、なす術もないまま不条理を甘受せねばならない弱者だったのだ。しかし、『密会』 はちょっと様子が変である。
 本作の冒頭では、救急車が 《男》 の妻を連れ去る。《男》 は 《ジャンプ・シューズ》 を履いて病院へ潜入するのだが……。
 ドクター中松を思わせる突飛なガジェットを携えて主人公は大活躍、かと思いきや、案の定、これが全く役に立たないのである。この 《ジャンプ・シューズ》 とは一体何だったんだろう。実にくだらない。でも面白い。
 『密会』 は昭和52(1977)年に発表された長編小説。学生の頃読んで以来、30年ぶりの再読である。