男のカレー

 絶対に、ケチをつけてはいけない料理。それは、年配の女性が煮た黒豆。そしてもう一つは、男が作るカレーです。
 黒豆もカレーも、作った本人にとっては、ほとんどアイデンティティーのような役割を果たしていることが多いものです。たとえピンとこない味であっても、
「すごい、これお作りになったんですか? おいしーい!」
 と、大仰なくらいにほめておいた方が、後々のため、だったりする。


 酒井順子 『箸の上げ下ろし』 より 「男のカレー」

 褒め言葉の中に毒がある。批判的な物言いの中に愛情がある。酒井順子のエッセイは、この語り口こそが魅力であり、どれも素晴らしい。
 さて、こだわりの 《男のカレー》 を作る男の扱いにくさについて、さんざん言われっぱなしではシャクなので、僕も一言物申してみることにする。

  • 《男のカレー》 は祝祭である。
    • 《男のカレー》 を作るとき、彼はヒーローになる。
    • カレーを作れないアメリカンなお父さんは、バーベキューをやる。
  • 《男のカレー》 は日常的な食生活からはかけ離れている。
    • 彼が 《男のカレー》 を作ることを止めても、誰も困らない。
    • 食材にこだわるあまり、材料費のことなど考えない。そのあげくに、余計なものまで買い込んでしまう。
    • 一人暮らしの男性がカレーを作って三日間食べ続けても、そういうのは 《男のカレー》 とは呼ばれない。
  • 《男のカレー》 は出来あがるまで、半日以上かかる。
    • インド人は30分以内で、ちゃちゃっとカレーを作るらしい。毎日食べるカレーだから、そんなに時間をかけたりしない。
    • 一方、《男のカレー》 は、たまねぎを炒めるだけで、30分以上かかる。
      • 強火で炒めれば、2個のたまねぎは5分で飴色になる。しかも、味は変わらない。うそだと思うなら、やってみるがいい。
  • 長時間煮込めば良いと思っている。
    • 実をいうと、加熱時間は味にはあまり関係がない。そもそも、カレーには失敗というものがほとんどないのである。
    • 時間が有り余っているときは、火を止めて一度冷ましたほうが良い。「二日目のカレー」 になるのだから。
    • 時間が余っているんだったら、ビールなんか飲んでないで、洗い物をしましょう。
  • とはいうものの、《男のカレー》 を作っている男に文句をたれると、機嫌をそこねてしまい、大変なことになるので、取扱いには注意が必要。
  • 《カレー男》(こっちのほうが語呂がいいな)の語るウンチクには耳を傾けるべきだが、まず全く役には立たない。
  • 《黒豆女》 はいるのに 《カレー女》 がいないのはなぜだろう?

 思いついたら追記するかも。

箸の上げ下ろし (新潮文庫)

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