半蔵の祝言

 『夜明け前』 が面白すぎる。

「お父(とっ)さん――わたしのためでしたら、祝いはなるべく質素にしてください。」
「それはお前に言われるまでもない。質素はおれも賛成だねえ。でも、本陣には本陣の慣例(しきたり)というものもある。呼ぶだけのお客はお前、どうしたって呼ばなけりゃならない。まあ、おれに任せて置け。」
 半蔵が父とこんな言葉をかわしたのは、客振舞(きゃくぶるまい)の続いた三日目の朝である。



 島崎藤村 『夜明け前 第一部』 第一章 三

 主人公・青山半蔵の婚礼の場面である。「なるべく質素にしてください。」 とは良い心がけだが、それを言い出したのが三日目の朝とは、のんびりにもほどがあるだろう。
 結局、祝いの宴は四日間続いた。嘉永六年、ペリイが黒船に乗って浦賀に来航した年の暮れのことである。