小谷野敦 『美人作家は二度死ぬ』

 今年刊行されたばかりの小谷野敦(奥付に 《こやの とん》 とルビが振られている)の新作小説。もしも樋口一葉が夭折せず長生きしていたら? という設定で書かれた一種のパラレルワールドものである。
 1985年、大学院で日本近代文学を専攻する菊池涼子は、文学史から忘れ去られた明治の女流作家をテーマに修論を書こうとしている。作中、涼子の現在と子供の頃のエピソード、一葉の20歳のときの日記と50代(大正末期)のときの述懐が交互に描かれ、ちょっと精神的にトリップしたような感覚に心地よく酔う。

 決して読みやすい文章ではなく、純文学ではこれが普通なのかもしれないが、ずいぶんワンセンテンスが長いなあ、接続助詞「〜が」が一つの文に3回も出てくる(124ページ)のはどうなんだろう、などと首を傾げつつ読み進めていくうち、ああこれは口語で書かれた一葉の文体なのだと気づいて、これはしまったやられたな。

 1980年代の大学の雰囲気は、僕も経験しているのだけど、非常にリアルに描かれていると感じた。特に飲み会の場面。当時、居酒屋というのは決しておしゃれな場所ではなかったわけで、そういう場面で好みの女子の隣りの席を狙う男子たちというのは、想像すると微笑ましく思えるのである。

 樋口一葉こと山室なつ子はその後どうなったのか。戦中戦後をどのように生き、昭和35年に88歳で没するまでどのような人生を送ったのか、続きが知りたいと思う。

美人作家は二度死ぬ

美人作家は二度死ぬ