安部公房 『箱男』

 『箱男』 は1973(昭和48)年に発表された長編小説。

 これは箱男についての記録である。
 ぼくは今、この記録を箱のなかで書きはじめている。頭からかぶると、すっぽり、ちょうど腰の辺まで届くダンボールの箱の中だ。

 出オチである。奇妙な格好をした人物が最初から登場し、語り始める。箱男の語りは延々と続くが、なかなか出オチを超えられないままである。
 次に、女が登場する。

 ――私、あの箱がほしいの。

 箱男と見習看護婦、そして怪しげな医者(贋箱男)の3人の不思議な関係が語られるようになり、物語は俄然面白くなっていく。
 中盤の最も長い断章、《書いているぼくと 書かれているぼくとの不機嫌な関係をめぐって》 は本作の核心ともいえる箇所だが、この部分は途中から箱男による妄想(想像)である。
 しかし、物語として画期的なのはここまでである。後半、劇中劇風に挿入される断章はそれなりに面白いのだが、どれも終わってしまった話を蒸し返されているような感じがする。何かが決定的に足りないのである。

 本作に欠けているもの、それは 《箱女》 である。
 例の見習看護婦だって、本当は 《箱女》 になって、覗き穴から街を眺めてみたかったのではないだろうか。終盤近く、閉め切った家の中で、箱男と看護婦は2ヶ月の間、全裸で生活する。その後、ある日突然、彼女がいなくなってしまうのだけれど、彼女の失踪は 《箱女》 になることができない物足りなさが関係しているのではないかと想像する。
 全裸でいちゃいちゃするくらいなら、彼女を箱の中におびき寄せることだって出来るだろう。箱の下のほうに、にょきっと伸びている四本の脚。ダンボールに染みついた匂い。ふき出る汗。
女は見られるだけの存在ではないのだ。

箱男 (新潮文庫)

箱男 (新潮文庫)