横溝正史 『本陣殺人事件』

 重たい小説を続けて読んだ後、横溝正史のミステリーを読むと、ほっとする。自信に満ちたストーリー展開、安定した文体。非常に安心して読み進めることができるのだ。
 先輩格の江戸川乱歩の作品は、どこか危険な領域へ連れて行かれて、戻って来れなくなってしまいそうな不安な感覚がずっとつきまとっているのだが(もちろん、そこがまた良いのだが)、横溝作品の場合はそういった不安定な要素がまったくない。古い因習に満ちた田舎の村、封建的な旧家を舞台に繰り広げられる連続殺人事件は、一見不気味だが、一歩ひいた視点からの描写はきわめて都会的であり、戦後の新しい価値観という光が常に当てられているのである。

 『本陣殺人事件』 (角川文庫)には、1948年発表の表題作のほか、『車井戸はなぜ軋る』、『黒猫亭事件』 の中短編が収録されている。
 こういう安定感のある推理小説を読むのは、実に楽しい。